弁護士ブログ

2018.01.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


死者6,434名,行方不明 3名,負傷者43,792名という甚大な被害をもたらした阪神・淡路大震災から,本日17日で23年となりました。被災地では追悼式典が行われ,亡くなった人たちに祈りがささげられました。雨が降りしきる兵庫・神戸市中央区の東遊園地では,地震が発生した午前5時46分に合わせて,黙とうがささげられました。当職も犠牲になられた方々を思い,祈りました。


当職は地震発生当日,虫の知らせといいますか,午前5時46分ころ,いきなり目が覚めたことを覚えています。何かただならぬことがあったと直感し,大震災の報に接しました。
23年も経過しますと記憶も風化しがちですが,ありとあらゆる自然災害の危難にさらされている日本国内にいる人は決して忘れてはならないと確信します。

そこで,今回は,阪神・淡路大震災が大災害となってしまった理由等を論じたいと思います。


●甚大な被害は,「自然災害」か「人災」か


阪神・淡路大震災は多くの建物が倒壊し,住宅が密集する長田区では大規模な火災が起きました。亡くなった方の8割は,倒壊した建物の下敷きになったことが原因だったそうです。そして,倒壊した建物の多くは,現在の耐震規定を満たしていない既存不適格建物でした。

燃え上がる黒煙。交通機能は麻痺し,消防車は火災現場まで辿り着けませんでした。ですが,もし,辿り着けたとしても,水が確保できず,満足な消火活動ができなかったといわれています。
火の勢いは増すばかりであり,被害は拡大しつづけました。火災による死者は,400人以上とも,500人以上ともいわれています。

では,一体なぜ,被害が拡大し続けたのでしょうか。


【理由①】 神戸市民が地震に無防備であったこと

阪神地区,中でも「神戸は地震がないところだ」という認識が住民の方々にありました。
神戸には過去,震度6を超える地震が起きたとの記録がなく,安全神話が広がっていたようです。まさに「油断大敵」。もっとも,この感覚は私の故郷・熊本県民にはよく理解できる話です。実際,熊本地震も地震に無防備であったことが被害の拡大をもたらしています。

神戸は戦争中米軍の空爆で被災したため,戦後すぐに建てられた,普請のしっかりしていない建物が多かったと聴きます。また,豪奢な建物といっても,地震に対して脆弱な「木舞」や「葺き土」という建築技法を採用したものが多かったそうです。
「神戸には地震がない」という妄信が,備えに目を向けさせなかったのかもしれません。


【理由②】 大災害の警告を各自治体が黙殺したこと

実は,阪神・淡路大震災前から,地震学者は地震を警告していたといいます。

1972年には,大阪市立大と京大のチームが,「神戸と地震」と題した報告書をまとめ,神戸に都市直下地震が起こるおそれを指摘していました。

自衛隊は,被害を正確に予測し,関西地区の各自治体に協議を提案していました。京阪神地域で震度5~6の地震を想定して,被害状況を推定する調査書を作成していたというのです。
その調査書によりますと,とくに神戸市などは木造家屋の密集している地域が多く,建物の倒壊と火災により兵庫県全体で被災者38万5000人と予測しています。阪神・淡路大震災の被災者数は31万6000人ですから,大災害は正確に予見されていたといえます。
自衛隊は,この調査書をすぐに関西地区の各自治体に直接持ち込み,協議を提案したのですが,黙殺されています。

神戸新聞は,一面トップで「神戸にも直下地震のおそれ」と警告していました。
神戸新聞は1974年,1980年に大きな紙面を割き,かなり力を入れて警告記事を書いていました。1974年の紙面には,危険区域の予想図も掲載されており,予想図は,実際に被災した地区とまったく同じであったといいます。

具体的な危険地区の予想図が発表されたにもかかわらず,予想図はやがて忘れ去られ,耐震化工事を行う者はほとんどいなかったといいます。しかし,結果,予想図のとおり,危険度が高い地域では多くの建物が全壊,もしくは半壊しました。鉄筋コンクリートのビルも,例外ではありませんでした。

ちなみに,東日本大震災においても,地震学界が巨大地震が発生すると警告し,福島原発の安全を審査する委員会でも869年の大震災の再来が考えられるという指摘があったにもかかわらず,政府も責任諸官庁も,福島県も東京電力もそれを無視していたという事実を付しておきます。

●黙殺されていた自衛隊の共同訓練の呼びかけ

多くの自治体は,毎年9月1日の防災の日に自衛隊との共同訓練を行い,日頃から密接な連携を築く努力をしています。

ところが兵庫県は,自衛隊が日頃から共同訓練や連絡調整を呼びかけても,「結構です」と拒否していました。当時の神戸市長(故・宮崎辰雄氏)は,「神戸は地震に強い街ですよ。地盤も花こう岩だし,いざとなったら山へも海へも逃げられる」とインタビューで語っていたそうです。「神戸が地震に強い街」という誤った認識のもと,都市計画を進めたことも大災害の遠因となっているのではないでしょうか。

●兵庫県や神戸市が警告を黙殺したのはなぜか?

「震度6を超える可能性もある」という警告は,「震度6に対応できる費用が無いから」という理由で捻じ曲げられたそうです。

また,水道管の耐震化工事よりも,神戸空港建設費に予算が使われました。
当時,水道管の大半は継ぎ手部分が弱く,震度6に対応できる耐震管は1970年代に登場したばかりでした。神戸市の場合は,3000キロメートルを超える総入れ替えが必要であり,3000億円超,後の神戸空港建設費に相当する額が必要でした。

大震災直後,極寒の中,水を求めて並ぶ人たちの姿を忘れることができません。断水は長期間き,被災者は,食器を洗うことも,トイレの水を流すこともできず,相当な苦労を強いられたはずです。警告を真摯に受け止めていれば防げた事態かもしれません。


【理由③】 当時の兵庫県知事が,自衛隊への出動要請を行わなかったこと

専門家は,神戸市長田区など火災による犠牲者は1日以上も経過していた例が多く,恐らく,直ちに駐屯地に待機していた自衛隊が重機を持ち込めば1000人は救助できただろうと推定しています。

当時の兵庫県知事(貝塚俊民氏)が自衛隊に出動要請したのは,地震から4時間以上経った午前10時でした。その2時間前の午前8時10分には,逆に自衛隊側からの要請督促があったにもかかわらず,当時の兵庫県知事は,なぜか出動要請を遅らせました。
災害時の自衛隊派遣要請は,被災地の市町村長の求めに応じて知事が行うと決められています。自衛隊は「なぜ出動要請をしないのか。早く出動要請をしてくれ」と,兵庫県知事に督促までしたそうです。
約2万6000人の中部方面隊は,地震発生から43分後の午前6時半には「部隊の全部を行動可能な態勢に置く」という第三種非常勤務態勢に移っていたといいますから,もっと早く出動要請がされていれば…。悔やむに悔やみきれません。


●日頃の心構えが大事

このように,つぶさに理由をみてみますと,甚大な被害は,単に「自然災害」とは言い切れず,むしろ「人災」の側面がクローズアップされてきます。甚大な被害は,決して「想定外」の話ではなかったのです。

中国の南北朝時代から隋にかけての僧侶であり中国天台宗の開祖・智顗(ちぎ,538~597年。天台大師と呼ばれました。)の摩訶止観(まかしかん)第八,それを注釈した中国・唐代の天台宗の僧侶・湛然(たんねん,711~782。妙楽大師と呼ばれました。)の止観輔行伝弘決(ぐけつ)第八には「必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り則ち強し」とあります。
日頃の心構えが大事です。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.12.15更新

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こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 最高裁大法廷は,平成29年11月29日,強制わいせつ罪の成立要件について,性的意図を一律に求めていた47年前の最高裁判例(最判昭和45年1月29日刑集24巻1号1頁。以下「昭和45年判例」といいます。)を変更しました。司法試験の受験時代から違和感のあった判例が変更されることとなり,結論は妥当だと思います。ただ,公表されている判決文をよく読みますと,単純に性的意図不要説を採用したとは言い難い表現もあるように思います。
 今回は,判決理由等に言及しつつ,今後の実務への影響を考えてみましょう。


●判例変更に至る経緯

 今回の事案は,被告人が,知人から借金をする条件として,その要求に従い,7歳の被害者女子児童に対し,自宅で自己の陰茎を口にくわえさせるなど,性的虐待を加えたうえで,その状況をスマートフォンで撮影し,知人に送信したというものです(よって,児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反の罪(本件では,児童ポルノ製造・提供罪です。)にも問われています。)。
 この点,昭和45年判例では,強制わいせつ罪の成立要件について,行為の性質や内容にかかわらず,犯人の性的意図を要するという一律必要説が妥当であるとされていました(ただし,小法廷のうち3対2という僅差であったようです。)。
 事案は,被害者女性の手引で内妻が逃げたと信じた男が,報復のためにその女性を脅して裸にさせ,写真撮影したというものでしたが,男に性的意図が認められないことから,強制わいせつ罪は成立しないと判断したわけです(もちろん,強要罪は成立し得ます。)。
 他方,昭和45年判例を前提としつつも,その後,これまで今回のような事案と同種のケースが起訴されますと,裁判所は,たとえ被告人が性的意図を否認していたとしても,犯行の内容や状況などから性的意図があったと認定してきました。
 今回の事案でも,当初,検察側はその旨の主張をしていたようです。
 しかし,第一審は,証拠上,被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残ると判断しました。これにより,にわかにざわつき始めるわけです。
 もし必要説に立てば強制わいせつ罪は無罪となる一方,不要説に立てば有罪となります(どちらも児童ポルノ製造・提供罪では有罪となります。)。
 これに対し,第一審,控訴審とも昭和45年判例を否定し,つぎのような明確な不要説に立ち,有罪としたうえで,児童ポルノ製造罪などとあわせ,被告人を懲役3年6月の実刑判決を下しました。
 「強制わいせつ罪の保護法益は,被害者の性的自由と解されるところ,行為者の性的意図の有無によって,被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」
 「行為者の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく,同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しない」
 「客観的にわいせつな行為がなされ,行為者がそのような行為をしていることを認識していれば,同罪が成立する」
 これを受け,判例違反などを理由として弁護側が上告していたところ,最高裁大法廷は47年ぶりの判例変更を行い,上告を棄却したという次第です。


●処罰対象を適切に決することができなくなった昭和45年判例

 その理由として,まず最高裁大法廷は,おおむねつぎのように述べ,昭和45年判例の問題点を指摘しました。
① 強制わいせつ罪が成立するか,法定刑の軽い強要罪等が成立するにとどまるのか,性的意図の有無によって結論を異にすべき理由を明らかにしていない。
② 強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明もない。
 そのうえで,最高裁大法廷は,おおむねつぎのような理由を挙げ,「今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべき」とし,47年前の社会情勢などを前提とした昭和45年判例はもはや維持し難いとしました。
① 元来,性的な被害に係る犯罪規定やその解釈は,社会の受け止め方を踏まえなければ,その処罰対象を適切に決することができないという特質がある。
② 昭和45年以降,その時代の各国における性的被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応し,各国の実情に応じて犯罪規定の改正が行われてきた。
③ わが国でも,性的被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映し,平成16年の刑法改正で強制わいせつ罪や強姦罪の法定刑を引き上げ,平成29年の刑法改正でも強制性交等罪を新設,法定刑を更に引き上げ,監護者わいせつ罪や監護者性交等罪を新設するなどしている(筆者注:法改正の流れを追ってしまったため,平成29年改正に言及しただけだとは思いますが,行為後の事情で解釈変更されたような印象を与えかねないので,少し表現の配慮が必要であったと思います。)。

 たしかに,もし現時点で被告人が同じ行為に及べば,強制わいせつ罪ではなく,強姦罪改め「強制性交等罪」が成立し,懲役5年以上の重い刑罰が科されます。
 改正により,膣内挿入のみならず,肛門内や口腔内への陰茎挿入も強制性交等罪で処罰されることになったからです。
児童に対する性的虐待を児童ポルノ製造・提供罪で有罪とするにとどめ,強制わいせつ罪について無罪放免とすることは被害の実態からかけ離れていますし,到底許しがたいものです。昭和45年判例を否定してまでも,何とかそれを併せて処罰したいという裁判所の価値判断が強く働いたのかもしれません。


●「わいせつな行為」に当たるか否かの判断

 ただ,最高裁大法廷は,「個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い」とし,つぎのような理由を述べています。

① 刑法176条にいう「わいせつな行為」と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められ,直ちに「わいせつな行為」と評価できるものと,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが「わいせつな行為」として処罰に値すると評価すべきではない。
② いかなる行為に性的な意味があり,処罰に値する行為とみるべきかは,その時代の性的被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄である。
③ 「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない。


●判例変更による場合分け

 今回の判例変更によって,強制わいせつ罪の成否を検討する際,つぎのような場合分けをすべきいう立場が採用されているといえるでしょう。

(ア) 行為そのものが持つ性的性質が明確で,当然に性的な意味があると認められ,直ちに「わいせつな行為」と評価でき,強制わいせつ罪による処罰に値するケース
→性的意図不要(検討も不要)

(イ) (ア)同様に直ちに「わいせつな行為」と評価できるが,強制わいせつ罪による処罰に値するか否か微妙なケース
 →性的意図の有無を考慮

(ウ) 行為そのものが持つ性的性質が不明確で,行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いケース
→性的意図の有無を考慮


●今後の実務への影響

 昭和45年判例で検討された報復目的の事案は,先に触れたように被害女性を裸にさせて写真撮影したというものであり,上記(ア)に当たるといえるでしょう。
 また,少なくとも自己の陰茎を触らせたり,被害者の胸や臀部,陰部を触ったり,キスをしたり,膣内や肛門内に指や異物を挿入したり,裸にして胸や臀部,陰部を露出させるといった場合には,基本的に上記(ア)に当たると評価されると思われます。

 問題は,上記(ア)と上記(イ)との区別となりますが,最高裁大法廷はその判断基準を示していません。結局,ケースバイケースということになるでしょう。
 また,実際に立件・起訴される例としては少ないものの,上記(ウ)に当たるものとしてどのような事案があり得るのかという点も問題となります。
 たとえば,医師による医療的措置は,上記(ウ)の領域で検討され,強制わいせつ罪に当たらないと評価することが考えられます。
 特殊な行為に対して性的興奮を覚える性癖を持つケース,例えば0歳~5歳程度の乳幼児に対する性愛者などについても,上記(ウ)に当たり,性的意図があるということで,強制わいせつ罪として処罰されるということになるかもしれません。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.11.25更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 


昨日(平成29年11月24日),デビュー35周年を迎えた日本を代表する男性5人組ロックバンド・安全地帯の『ALL TIME BEST「35」~35th Anniversary Tour 2017~』の日本武道館公演に妻と一緒に行ってきました。
同所での公演は,10年に活動を再開させて以来7年ぶりのことです(早速帰宅後,妻とDVDを鑑賞しました。)。
ボーカルの玉置浩二(以下「玉置さん」といいます。)は,オープニングソング代表曲「ワインレッドの心」(昭和58年,1983年)の歌詞♪♪心をまだもてあましているのさ この夜も…を♪♪-武道館の夜に…と変えて歌い,「じれったい」(昭和62年,1987年)の歌詞も「武道館の夜を」と変えて歌ってくれ,私たち観客1万2500人を喜ばせました。
2夜連続公演の最終日は,MCなしのノンストップで24曲を情感たっぷりに熱唱。圧巻のパフォーマンスでした。
個人的には,『情熱』→田中裕二さん(以下「田中さん」といいます。)のドラムソロ→玉置さんの不思議なダンスからの『真夜中すぎの恋』の流れがよかったです(思いっきり♪♪真夜中すぎの~こ~いだ~から~♪♪と歌いました。)。また,久しぶりに『夢のつづき』のフルバージョンを聞けたのもよかったです。

 

私にとっては武道館デビューとなり,30年来の念願が叶いました。ちなみに,妻はあの伝説の武道館コンサート『ENDLESS (LIVE 1985)』(昭和60年,1985年2月12・13日)に友人と行ったらしく今回の武道館は2回目となります(初めて妻からその話を聞いた時,熊本の田舎に住んでいた少年に安全地帯が好きだという友人はおりませんでしたので,すごく羨ましいと言いました。)。

 

安全地帯といえば,

玉置さんの繊細かつ圧倒的なボーカル(とても来年還暦をお迎えになるとは思えないほどパワフルでありソウルフルです。現在が一番声が出ているようにも感じます。),

矢萩渉さんと武沢侑昂さんの絶妙でスリリングなツインギター(めちゃくちゃかっこいいんです。私はギターは弾けませんが,口で演奏していました。),

ベースの六土開正さんのマルチプレー(お茶目なキャラですが,渋いです。),

ドラムスの田中さん(姿勢がすごくいいんです。猫背気味の私にとってはすごいと思います。)が刻む骨太なリズムが特徴的です。昨日のコンサートもあらためて「安全地帯はロックバンドである」ことを確認できました。「悲しみにさよなら」(昭和60年,1985年)の歌詞「愛をふたりのために」を「みんなのために」ではなく,「安全地帯のために」と変えてくれた点も唸りました。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.11.22更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

「なぜ読書をするのか?」

この問いに明確に回答できる人はどれくらいいるでしょうか。一つ確実に言えることは,「読書の喜び」を知っている人と知らない人とでは,人生の深さ,大きさが,まるっきり違ってしまうということではないでしょうか。

一冊の良書と出会うことは,偉大な教師に巡り会ったのと同じといえます。また,読書は,旅のようなものです。東へ西へ,南へ北へ,見知らぬ人たち,見知らぬ風景に出会えます。しかも,時間や空間も超えていきます。

人にも善人・悪人がいるのと同じように,本にも良書・悪書があります。良書を読むことは,自分自身の中の命を啓発することになります。古典の良書は,古くなりません。いつまでも新しく,未来にも残ることでしょう。

米国の思想家であるラルフ・ワルド・エマーソン(1803年~1882年)は「出版されて一年もしていない本など読むな」と言っています。出版されて何年,何百年たっても読み継がれている本は名作,良書と思っていいでしょう。

先日読了した『漫画 君たちはどう生きるか』(出版社:マガジンハウス)も良書の一つです。原作は1937年(昭和12年)刊行,80年以上も読み継がれている歴史的名著です(岩波新書でも発刊されており,奥付には「2017年11月15日 第77刷」とあります。)。『ケシゴムライフ』『昼間のパパは光ってる』で知られる羽賀翔一さんによって,初めて漫画化されました。
   
『君たちはどう生きるか』は,児童文学者の吉野源三郎による児童小説なのですが,児童小説と言ってあなどるなかれ。読むたびに「気づき」や「心の揺さぶり」があります(今,あらためて読み直していますが,唸りっぱなしです。)。

【あらすじ】
旧制中学二年(15歳)の主人公である本田潤一ことコペル君は,学業優秀でスポーツも卒なくこなす少年です。いたずらがたまにキズで級長にこそなれないのですが,人望がないわけではありません。父親は(亡くなるまで)銀行の重役で,家には女中が1人います。同級生には実業家や大学教授,医者の息子が多く,クラスの話題はスキー場や映画館,銀座や避暑地にも及びます。コペル君は友人たちと学校生活を送るなかで,さまざまな出来事を経験し,観察します。各章のあとに続いて,その日の話を聞いた叔父さんがコペル君に書いたノートという体裁で,「ものの見方」や社会の「構造」,「関係性」といったテーマが語られる,という構成になっています。


『漫画 君たちはどう生きるか』では,コペル君が体験する出来事が漫画で描かれ,それを見聞きした叔父さんのノートを文章で読むことができる仕組みになっています。読者はコペル君の体験を視覚的に理解したうえで,叔父さんが紡ぐ本質をついた言葉に触れることができるというわけです。当職も原作を一度読んだうえで漫画版に触れるに至りましたが,なぜ80年もの間この手法が用いられなかったのか不思議になります。 随所に羽賀さんの原作とは異なるアレンジがあるのですが,それもまた味があり好感がもてました。

原作『君たちはどう生きるか』の最初の読後感は「子どものころに,こんな大人がいたらよかったなぁ」というコペル君への羨望もありましたが,年齢のせいでしょうか,それ以上に「叔父さんのような大人にならなきゃな」と思いました。

叔父さんは,コペル君を少年として侮らず,一人の人間として扱っています。叔父さんの紡ぐ言葉には真理が含まれています。15歳のコペル君が叔父さんの言葉のすべてを理解しているかどうかは分かりませんが,確実に成長し「立派な人間」に近づいています。

「人間は過去を変えることはできないが,過去の意味を変えることはできる」という名言があります。『漫画 君たちはどう生きるか』は,読むたびに「気づき」や「心の揺さぶり」がある『君たちはどう生きるか』をより普及させることとなるでしょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.09.08更新

「生命は尊貴である。一人の生命は,全地球より重い。」

この一文はある小説のものでも,ある哲学者の名言でもありません。実は,日本国憲法の主旨と死刑制度の存在は矛盾せず,合憲であると判断した最高裁判所の判決の一節なのです(最大判昭和23年3月12日 刑集2巻3号191頁)。

現在の日本国憲法において大審院は最高裁判所に生まれ変わりました。そして,最高裁判所設立された当初の10年間は,合議における多数意見と少数意見の白熱した議論がかなり過激に表現されていました。場合によっては行き過ぎてしまい「少数意見制度の濫用」と批判されるものすら生じました。
憲法学者であり後に最高裁の裁判官となられた伊藤正己先生は,著書『裁判官と学者の間』において,「少数意見制は,ときに不当とみられる用い方をされるおそれがあるといわれる。その一つの例は,もっぱら個人的感情を露呈し,自己と異なる意見を論難し,さらに特定の裁判官の名を示して罵倒するようなものである。(中略)我が国の最高裁にあって,初期の不慣れな時期にこの種の少数意見が散見され批判を呼んだ」(伊藤正己著「裁判官と学者の間」74頁)と説明されています。
現在では,反対の意思を強く表現する場合でも「(多数意見には)到底賛同できない」という程度のものが多いですが,当時はまったく違ったのです。


●荒ぶる齋藤悠輔最高裁判事!


このような少数意見のなかでもとくに過激な最高裁判事の代表の一人として,齋藤悠輔最高裁判事(以下「齋藤裁判官」といいます。)をあげることができます。
まずは,荒ぶる齋藤裁判官の代表的な意見をご覧ください。


食糧管理法の大法廷判決に従った多数意見に反対し,「この大法廷の判決は,一見頗る常識に富んだ尤もな議論のようにも見える。しかし,それは,飽くまでも目先のことであって,その実極めて浅薄な謬論である(中略)わたしは,前記大法廷判決には声を大にして反対する。最高裁判所の裁判というのは,もつと大所,高所からすべく,より毅然たるべきであると信ずるからである。」(最判昭和26年12月27日刑集5巻13号2657頁)


詐欺の起訴状に前科等の余事記載があったことについて,これは違法で治癒不能とした多数意見に対し,「(起訴状一本主義を定める刑訴法256条)六項の規定だけを根拠として直ちに多数説の説くがごとき結論は絶対に生じない。(中略)(多数説は)山鳥の尾の長々と,いかにも尤もらしく説明している(中略)(しかしながら,)多数説は,重要である後者と重要でない前者とを混同する詭弁(に過ぎない)(中略)多数説の力説するがごとくこれを以って,いわば綸言汗のごとき治癒不能の違法であると見るのは浅見,迂遠も甚だしい(中略)多数説は極めて窮屈な形式論であつて,抑も裁判は証拠によるべきものである大原則を忘れ,裁判官自らを殆ど人形乃至奴隷視するものといわざるを得ない」(最判昭和27年3月5日刑集6巻3号351頁)


差戻し後の控訴審判決がその破棄された前判決との関係においても不利益変更禁止の原則に従うべきものとした多数意見を批判し,「(多数意見をとってしまった場合のように,)原裁判所が折角その(差戻しを命じた上告審判決の)命令に従って詳細に事実審理をした結果犯罪事実並びに犯情に前の判決と異なった結果を生じたと認めてこれに適当する刑を科しても,次の上告裁判所では同一事件に対し出し抜けに刑だけは前の判決よりも不利益に変更してはならない,変更したら旧刑訴452条(注:不利益変更禁止の原則)の精神に反し違法で御座るというがごときは全く上告裁判所の横暴,無理というものであって,下級裁判所としては到底納得し得ないところといわなければならない。されば,多数説は,法理と常識と下級裁判所を無視したいわば安価な慈善的上告勧奨論であって,反対せざるを得ない」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1363頁)


執行猶予を言い渡された犯罪の余罪について更に執行猶予を言い渡すことができるかについて「できる」と判断した多数意見を批判し,「(多数意見のような)微視的な恣意的解釈論には賛同できない」(最判昭和28年6月10日刑集7巻6号1404頁)


いかがでしょうか。過激ですね。その最たるものは次の意見です。


銃砲火薬取締法が既に失効したとした多数意見について,「そのような戦後派的考え方は,わが国の従来の立法形式を理解しない極めて浅薄な考え方といわなければならない。(中略)(地方自治法が与えた委任の範囲と,銃砲火薬取締法の委任の範囲を比較して)この新しい自治法の規定に目を蔽い,ひたすら彼の旧い法律八十四号だけを非難するがごときは,驚くべき偏見であり,笑うべき自己矛盾というべきである。(中略)(多数意見のいうような)一部の罰則規定だけは,或る期限で失効し,一部の禁止命令だけは,その後も依然法律と同一の効力を以って存続し,かくて制裁の伴わない禁止命令だけを徒らに空しく叫び続けるというようなことは,常識からいつても,また,右法律七十二号を熟読玩味しても,到底了解することはできない。(中略)多数説は無理であり,曲解であると言わざるを得ない。」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1346頁)

さすがにここまで言われて多数意見の裁判官(残りの裁判官すべて)も黙ってはいません。多数意見の裁判官のうち,河村又介裁判官と入江俊郎裁判官は補足意見を出しました。


「齋藤裁判官は誤解している」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1346頁)


…何も言えません。


●そしてクライマックスへ――


齋藤裁判官の意見がその過激さの頂点に達したのは,尊属傷害致死罪を合憲とした多数意見の立場から,尊属傷害致死罪を違憲とする穂積重遠最高裁判事,真野毅最高裁判事(以下「真野裁判官」といいます。)に対して齋藤裁判官が述べた意見でしょう。


「 少数説に対しては特に世道人心を誤るものとして絶対に反対(する)(中略)真野説は,勢頭米国連邦最高裁判所に掲げられている標語や国際連合人権宣言を由ありげに引用している。だが,悲しいかな,米国各連邦では,必ずしも法律が同一でなく,従って,かかる異なる法の下における実際上の正義が平等であり得ないことはいうまでもない。しかのみならず,米国には人種による差別的法律の多数存在することは,世界周知の事実である。さすればこそ米国連邦最高裁判所においては特に標語として論者引用の四字(Equal Justice Under Law)をかの真白の大理石深く刻んでおく必要があるのであって,我憲法上段鑑とするは格別毫も模範とするには足りないものである。
(中略)
わが憲法十四条を解釈するに当り冒頭これらを引用するがごときは,先ず以って鬼面人を欺くものでなければ羊頭を山懸げて狗肉を売るものといわなければならない。以下の論旨については前に一,二触れたものであるが要するに民主主義の美名の下にその実得手勝手な我儘を基底として国辱的な曲学阿世の論を展開するもので読むに耐えない。」(最判昭和25年10月11日刑集4巻10号2037頁)


さすがにこのような攻撃は,その激しすぎる言葉づかいゆえ,裁判官訴追委員会の調査が行われたそうですが,結局不訴追となったそうです。後日談ですが,東京第二弁護士会広報委員長(当時)が真野裁判官に対し,「齋藤先生と灰皿を投げ合って論争したというのは本当ですか?」と聞きますと,真野裁判官は「そんなことはしない。六法全書を投げ合ったんだよ」と答えたというエピソードが残っているそうです。


● よりよい裁判制度への情熱ゆえに


上記のような 行き過ぎはあったかもしれませんが,それもひとえによりよい裁判を目指すための情熱ゆえであったのではないかと思います。

真野裁判官はつぎのような意見を残しておられます。


「戦後のあわただしい法制の変革を大観するとき,われわれの最も注意しなければならないことの一つは,プラグマティズムの哲学思想が,法令のそこここに採り入れられ,時の鐘がわれわれの迷夢を破ろうとしている現実を感得することができる。手近に二,三の例を拾ってみよう。(一)まず,最高裁判所の「裁判書には,各裁判官の意見を表示しなければならない。」(裁判所法第一一条)と規定された。従前は長い間一元論的な哲学思想の流れをうけて,裁判というものは是が非でも無理やりに一本に纏め統一ある姿に仕上げなくてはならぬものとされていた。しかるに,ここには,各裁判官の意見が,現実の問題として互いに相岐れた場合には,無理に一つに纏めず,現実が多元的である以上その多元性をそのまま率直に認めて行こうとされたのである。これはまさにプラグマティズムの思想である。(中略)米国においては,卓越した裁判官の示した幾多の優れた少数意見が,やがて数年,十数年,数十年の後には,多数意見となり,ロー・オブ・ザ・ランドとなっていったことは,すでに多くの経験の実証するところである。私は,この制度が,わが司法の進歩と発展に貢献するところ多いことを信じて疑わない。」(最判昭和24年5月18日刑集3巻6号794頁)

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.08.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


今日8月15日は日本の一番長い日「終戦記念日」です。「終戦」といいますが,実際は「敗戦」です。敗戦後,わが国は「日本国憲法」を制定(手続的には「大日本帝国憲法」を改正)しましたが,戦後70年を超えその価値は広くわが国で受け入れられています。

この「日本国憲法」については,「日本国憲法はアメリカから押し付けられたものである」という議論があります。果たしてそのような議論はあり得るのでしょうか。
この点について,平成22年(2010年)に小林秀雄賞を受賞された加藤陽子著『それでも,日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)という本のなかに,興味深いお話が載っています。それは,18世紀の思想家・ルソーが20世紀の戦争における戦後処理がどうなるかということを見通していたというお話です(文庫版p49以下)。

 

加藤先生は,長谷部恭男著『憲法とは何か』(岩波新書)を引用され,ルソーの「戦争および戦争状態論」という論文にある「戦争は国家と国家との関係において,主権や社会契約に対する攻撃,つまり,敵対する国家の憲法に対する攻撃,というかたちをとる」との言葉を紹介されています。


【文庫版p50~p52を引用始め】
ルソーは考えます。戦争というのは,ある国の常備兵が三割くらい殺傷された時点で都合よく終わってくれるものではない。また,相手国の王様が降参しましたと言って手を挙げたときに終わるものでもない。戦争の最終的な目的というは,相手国の土地を奪ったり(もちろんそれもありますが),相手国の兵隊を自らの軍隊に編入したり(もちろんそれもありますが),そういう次元のレベルのものではないのではないか。ルソーは頭のなかでこうした一般化を進めます。相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいるのです),これに変容を迫るものこそが戦争だ,といったのです。
相手国の社会の基本を成り立たせる秩序=憲法にまで手を突っ込んで,それを書きかえるのが戦争だ,と。とても簡単にいってしまえば,倒すべき相手が最も大切だと思っているものに根本的な打撃を与えられれば,相手に与えるダメージは,とても大きなものになりますね。こう考えれば,ルソーの真理もストンと胸に落ちます。第二次世界大戦の,無条件降伏を要求する型の戦争を,何故か十八世紀の人間であるルソーが見抜いている。本当に不思議なことです。
第二次世界大戦の終結にあたっては,敗北したドイツや日本などの「憲法」=一番大切にしてきた基本的な社会秩序が,英米流の議会制民主主義の方向に書きかえられることになりました。ですから,歴史における数の問題,戦争の目的というところから考えますと,日本国憲法というものは,別に,アメリカが理想主義に燃えていたからつくってしまったというレベルのものではない。結局,どの国が勝利者としてやってきても,第二次世界大戦の後には,勝利した国が敗れた国の憲法を書きかえるという事態が起こっただろうと思われるのです。
【以上,引用終わり】


いかがでしょうか。当職は初めて上記文章に出遭った時唸りました。まさに目から鱗が落ちる状態でした。ルソーの戦争定義からすると,近現代では戦争に負けたら憲法を変えられてしまうことは当然のことであり,歴史的必然であるということとなります。国家にはそれぞれの「正義」があり,政治の続きの先に戦争があるわけですが,戦争に敗れてしまえば,結果として憲法を書きかえられてしまうわけです。
そのように考えますと,押し付けかどうかといった議論は不毛であるといわざるを得ません。問題はその中身のようです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.07.25更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


平成29年6月16日,性犯罪を厳罰化することを含む等の刑法改正案が参議院で可決・成立し,7月13日から施行されました。
性犯罪に関する刑法の改正はしばしばされていたのですが,今回のような大幅な改正は,明治40年(1907年)に刑法が制定されて以来,実に110年ぶりなのです。
性犯罪は被害者の人格を踏みにじる「魂の殺人」ともいわれる深刻な人権侵害行為であり,とりわけ女性に対する性犯罪は「女性に対する暴力の一つ」として,女性に対する暴力撤廃宣言(1993年12月,第48回国連総会で採択された宣言)などの国際文書で,根絶に向けた各国の努力が要請されてきました。
ところが,わが国では性犯罪が軽く扱われる傾向にあり,性犯罪に対するわが国の取り組みは著しく遅れていたといえます。
こうした中,たくさんの性犯罪被害者は泣き寝入りを余儀なくされてきた歴史があります。
近年,こうした性犯罪被害者の方々が声をあげはじめ,法務大臣が見直しの検討を指示,法務省における有識者を交えた検討のすえ,法案が上程され,成立したのです。
そこで,今回はその改正法の概要を説明いたします。


■ 改正その1――男性への被害も処罰されることに
まず,強姦罪の名称が「強制性交等罪」に変更されました。
これまで強姦の被害者は女性に限定されていたのですが,「強制性交等罪」の被害者には男性も含まれることとなりました。
これに関連して,それまで男性器の膣への挿入に限定されていた強姦罪の構成要件的行為を「性交等」(膣性交,肛門性交,口淫性交)にも広げました。

とくに注目したいのは,被害を男性に対する被害にも拡大したことです。
男性から男性,女性から男性に対する性犯罪・性虐待は,実際はこれまでもあったのですが,なかなか顕在化されませんでした。男性が被害者となること,被害者の保護や支援の必要性についても社会的な理解が十分であったとは到底いえませんでした。そのため,女性の被害者よりもさらに孤立した状況に置かれていました。 
当然ながら男性に対する性犯罪・性虐待も深刻な被害をもたらすものであり,強姦の客体に含まれないのは性による差別的取扱いともいえるべき問題を含んでいました。今回の改正により,男性に対する性交も処罰することとしたことは画期的といえます。処罰対象となる性交行為も拡大し,強制的な肛門性交,口淫性交も処罰対象に入れました。
もちろん,女性に対して,口淫性交を強要したようなケースも「強制性交等罪」に該当することとなり,女性の被害として処罰される範囲も広がりました。
同様に,飲酒や薬物の影響などで抵抗できない状況にある人に性行為等をする,いわゆる準強姦と言われた犯罪は,「準強制性交等罪」となり,処罰される行為も広がり,男性も対象となりました。
なお,これ以外に従来どおり,強制わいせつ罪は残っています。


■ 改正その2――刑の引上げ・厳罰化
つぎに,強姦罪改め,強制性交等罪の法定刑が引き上げられ厳罰化が図られました。
これまでは,強姦罪の法定刑の下限は「懲役3年」とされており(これでも引き上げられた経緯があります。),初犯の場合ですと実刑とはならず執行猶予が付くことがほとんど,という現状がありました。
しかし,加害者が執行猶予によって社会復帰を果たせるのに対し,被害者はPTSDや男性恐怖症,加害者への恐怖心に長く苦しむ例が少なくありません。被害者の視点からみれば,「魂の殺人」といっても過言ではないほど深刻な心の傷を被ることや被害の重大さに見合った刑罰とは到底いえません。実際,諸外国の例から見ても著しく軽いものでした。
そこで,今回の改正では,法定刑の下限を5年に引き上げる改正が実現したのです。
強制性交の過程でけがをしたり,死んでしまったという結果が出た場合は6年以上の刑となります。


■ 改正その3――「親告罪」規定の撤廃
第3は,「親告罪」規定の削除です。
これまで強姦罪等で起訴するためには被害者が「告訴」という手続をとることが必要でした(こうした犯罪を「親告罪」といいます)。
強姦罪等を親告罪とした趣旨は,性犯罪の被害者の意思とプライバシーを尊重するという点にありました。
しかし,「告訴」がない事例では犯罪の捜査が進みにくくなります(捜査機関もあまり熱心に取り組んでくれないこともままあります。)。
他方,一般人の被害者にとって「告訴状」等を準備して提出すること自体ハードルが高いことは,言うまでもありません(ちなみに,かつては,強姦罪等にも「告訴期間」があり,6か月間に告訴しないと,もう犯罪として立件してもらえないという法制度となっていました。平成12年改正によってようやくこれが撤廃されたのです。)。
そこで,強姦罪や強制わいせつ罪も,他の犯罪と同様に,「被害届」だけで捜査が進むことが求められてきたのです。
また,「告訴」が要件であることから,加害者側が「今告訴を取り消せば示談金を支払うが,告訴を取り消さなければ徹底して裁判で争う」などと強引に被害者にアプローチをして動揺させた結果,被害者が精神的に参ってしまい告訴を取り消してしまうような事例もあったようです。
このように,強姦罪等が「親告罪」であったことが,本来の趣旨とは裏腹に,性犯罪の不処罰につながる役割を果たす結果となってきた面があるのです。
そして,よく考えてみると,たとえ親告罪でなくなったとしても,被害者が協力しない場合に無理やり立件・起訴することはそもそも不可能なはずです。こうしたことを考えると,どうしても親告罪としなければならない理由はないと考えられます。 
こうした背景もあって親告罪とすることはしないこととなりました。親告罪の規定は強姦罪のほか,強制わいせつ罪などでも撤廃され,施行前に起きた事件にも原則適用していくこととなりました。


■ 改正その4――支配的な地位を利用した性行為は暴行・脅迫がなくても処罰する。
第4は,親などの「監護者」が,支配的な立場を利用して18歳未満の子どもと性交したり,わいせつ行為を行った場合,暴行や脅迫がなくても強姦罪等が成立する,とした点です。
強姦罪等の成立には,被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫が要件とされていますが,子どもに対する性的虐待のケースでは,その多くが,子どもに対する支配的な影響力を利用して,子どもが抵抗できないままに行われていることが多いのが実情です。
13歳未満に対する性交は必ず強姦とされますが,これまでは,13歳以上で親族等に暴行等をともなわずに性虐待された場合は強姦罪等に問われないこととなっていました。
しかし,それでは,多くの性虐待事例が強姦罪等に問われず,不処罰を許すことになってしまいます。
そこで,性虐待被害者の方々の意見を受けて,暴行・脅迫要件が撤廃されました。


■ 3年後の見直し――さらなる議論の深化を


今回の刑法改正では被害者の声も受けて3年後に規定の見直しがされることとなりました。暴行・脅迫要件を見直し,被害者の意に反する性行為を広く処罰していくことが国会できちんと議論されることが期待されています。 それと同時に,立法任せにせず,望まぬ性行為の被害をなくすために,社会的にも,とりわけ職場や学校でも議論が深められるとよいと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.06.30更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

ある衆議院議員が元秘書に対し,暴言を吐き・暴力を加えたとして,元秘書がその様子を秘密録音した媒体が,ある出版社に持ち込まれ公表されたため,当該議員の悪行が世間を賑わせるという現象が起きています。このような上司から受ける暴言や無視,陰口といった職場の上下関係を利用した嫌がらせ行為は「パワーハラスメント(通称:パワハラ)」と呼ばれ,社会問題となって久しいところです。

労働問題の相談を受けておりますと,実際にパワハラ・セクハラを受けている時の様子をボイスレコーダーで録音した媒体を持参される方も多くなってきました。

相談者は,その録音を「証拠」として用いたいと考えて録音したのですが,逆に上司から「違法録音だ」と言われないか心配される方もおられます。このような秘密録音する行為は「違法」なのでしょうか。また,秘密録音した音声は民事訴訟などで「証拠」として使えるのでしょうか。今回は秘密録音された証拠の証拠能力を解説します。

 

●パワハラ・セクハラの証拠集めは「犯罪」ではない

 

まず訴えたいのは,パワハラやセクハラの証拠として,加害者の声をボイスレコーダー等で秘密録音すること自体は,なんら犯罪行為に該当しないという点です。
また,秘密録音したことで,慰謝料等を支払わなければならない,ということもありません。
「プライバシーの侵害になるのではないか?」との懸念をされる方もおられるかもしれませんが,まず,録音場所は,自身の所属する職場です。また,録音した会話のうち,証拠として使うのは被害者のことを話している部分です。少なくとも,会話のその部分は,加害者のプライバシー権を侵害するとはいえません。

録音した音声データを,パワハラやセクハラを理由とする損害賠償請求訴訟において,証拠として用いることは問題ありません。ただし,もし採取された証拠が「著しく反社会的手段を用いて…人格権侵害を伴う方法によって採集されたもの」(東京高判昭和52年7月15日参照)であるとみなされれば,その証拠能力が否定され,事実認定に用いられない場合もあり得ます。

 

●セクハラ・パワハラの「秘密録音」は証拠となるか?

 

それでは証拠能力が否定される「著しく反社会的手段を用いて…人格権侵害を伴う方法」とは,いったいどのような方法でしょうか。

たとえば,録音ですと「秘密にしておくから」「録音はしていないから」と相手をだまして,秘密録音をしたような場合が当てはまりそうです。また,被害者ご自身以外の第三者と加害者とが会話している様子を秘密録音するような場合も当てはまる場合があると思います。
ただ,一概に証拠能力が否定されるということはいえず,ケースバイケースで問題となることは否めないのも事実です。

いずれにしても被害者ご自身がパワハラやセクハラの被害を受けている時,その証拠を集めるために,職場における会話を秘密録音する程度であれば,それを「著しく反社会的手段を用いて…人格権侵害を伴う方法」で採取したとはいえないと思います。

なかなか根絶できないパワハラ・セクハラですが,秘密録音等の方法によって,しっかりと証拠を集められれば,少なくとも「言った言わない」の話はなくなります。前述の元秘書のケースにおいて,「被害者が加害者を煽っている」「できすぎた証拠である」などと秘密録音を揶揄するような意見が一部にあるようですが,「いじめはいじめる方が100%悪い」わけですから,自信をもって堂々と振舞ってください。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.04.28更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


他人の家の無線LANを勝手に使う「ただ乗り」を電波法違反の罪に問えるかどうかが争われた刑事裁判の判決において,東京地方裁判所は,平成29年4月27日,被告人が入手した無線LANの暗号化鍵(パスワード)について,電波法が無断使用を禁じる「無線通信の秘密」には該当せず,「ただ乗り」を無罪と判断しました。
無線LANの普及が急速に進む中,本件はただ乗りが検挙された初めてのケースであり,裁判所の判断に注目が集まっていました。
裁判所は,無線通信の秘密については「一般に知られていない通信の内容や存在」と定義し,そのうえで「暗号化鍵は通信の内容を知るための手段・方法にすぎない」としました。そして,「暗号化鍵が通信の内容を構成するとはいえず,他人の暗号化鍵を使っただけでは,罪にはならない」と結論付けました。

さらに,被告人は,ただ乗り無線LANを経由してフィッシングメールを送付しIDやパスワードを窃取して悪用していた行為に対し,ただ乗りに対する電波法違反に加え,不正アクセス禁止法違反,電子計算機使用詐欺罪に問われていました。判決においては,不正アクセス禁止法違反及び電子計算機使用詐欺罪については有罪とされた一方,電波法違反については無罪とされ,懲役8年(求刑懲役12年)が言い渡されたわけです。不正アクセス禁止法違反などについては異論はないと思われますが,電波法違反の無罪を意外と捉える人が多かったようで,ネット上でも疑問を呈する意見が多く見られます。

たしかに,暗号を解読して勝手に他人の家のネットワークに入り込んだにもかかわらず,そのこと自体は,「何らお咎めなし」というわけですから,何となく違和感があることは否めません。たとえば,もし合鍵を勝手に作って他人の家に入れば,たとえ家の中のものに何も手を付けずとも住居侵入罪に問われ得ます。これがネットワークなら許されるというのでは妙な話と思っても仕方ないでしょう。


●暗号通信を「復元」しなければ電波法違反に問うのは難しい


そもそも,無線LANの暗号鍵解読が違法かどうかについては,以前から論議がありました。

暗号鍵の解読について適用される可能性があるのは,電波法第109条の2です。

「暗号通信を傍受した者又は暗号通信を媒介する者であつて当該暗号通信を受信したものが,当該暗号通信の秘密を漏らし,又は窃用する目的で,その内容を復元したときは,一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」

ここでポイントとなるのは,「当該暗号通信の秘密を漏らし,又は窃用する目的で,その内容を復元」という部分です。もし暗号鍵を解読したうえ,そのアクセスポイントの持ち主など正規の使用者が行っていた暗号通信を傍受し,暗号鍵を使ってそれを復元して内容を他人に伝えたりすれば,上記条文に抵触することとなるでしょう。他人に伝えなくても,プライベートな情報を覗く目的だけであっても「窃用」といえると思われます。

しかし,単にただ乗りすることのみが目的であるとすれば,通信内容の解読は不要です。当然ながら,他人の通信を覗き見しなくてもアクセスポイントを経由してインターネットに接続するには何ら支障はありません。そもそも,暗号化方式がWEPにせよWPA/2にせよ,解読に必要なのは,ユーザーが実際に利用する情報ではなくシステム的なやり取りだけなのです。さらにWEPの場合なら何の暗号化もされていない部分の取得で解析できます。
すなわち,本件における被告人が,実際に通信を傍受して解読したと証明できなければ,無罪という判断も当然あり得るということとなります。


●法律は時代遅れ…。ただ,もはや喫緊の課題ではない。


暗号通信の秘密の漏洩・窃用を違法とした改正電波法が施行されたのは,平成16年のことです。その背景には,おそらくその数年前に話題となったコードレス電話の盗聴への対応であったと思われます(もちろん,時期的に無線LANも念頭に置かれていた可能性はあると思います)。しかし,コードレス電話の盗聴なら「通話内容を知る」という以外の目的はほぼないと思われますが,無線LANの場合は通信を傍受・復元して窃用すること以外の行為,例えば「通信内容に興味はなくただ接続する」という悪用もあり,このことは想定していなかったと思われます。
結局,本件は,法律が時代遅れであったために無罪とされたということとなります。ネット関連や新しい技術については法律が後追いになってしまうのはやむを得ないですが,無線LANについては長い間問題提起されていたのに放置されすぎていたという感は否めないところです。
もっとも,現在においてはもはや無線LANただ乗りへの対応自体が,さほど喫緊の課題という話ではなくなってしまったともいえます。といいますのは,無線のLANただ乗りは,要するに暗号化鍵を解析できるからこそ可能となるわけですが,現在販売されているほとんどの家庭用・法人用無線LAN機器は,デフォルトで解析が困難な設定となっているのです。WPA2 CCMPでパスワードが適切に設定されていれば,もはや解析はほぼ不可能といっていいという話もあります。

このまま判決が確定するのか上級審に持ち込まれるのかは現時点では不明です。
当職もユーザーの一人として,ただ乗りの被害に遭わず無線LANを安全に利用したいと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.04.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 熊本は当職の故郷です。本日(平成29年4月14日)は,熊本,大分両県をはじめ九州全域まで揺らした熊本地震の発生から1年となります。まずは被災された方々にお見舞い申し上げます。平成28年4月14日の夜には前震が,16日未明には本震がそれぞれ襲いました。
 いずれも最大震度7を観測しました。地震は本震から余震を経て終息へ向かうと思われていましたが,そうした「常識」は覆されました。難攻不落の熊本城が損壊し,火の国の象徴・阿蘇にかかる阿蘇大橋は崩落してしまいました。
 痛ましい災害の爪痕は生々しく残ったままです。仮設住宅などで避難生活を送る人は今なお4万7000人余りに及ぶそうです。被災者にとって震災は現在も進行形というわけです。
熊本地震の経験からどんな教訓を学び,復旧・復興にどう取り組んでいけばよいのでしょうか。熊本・大分はもちろん,九州さらにわが国全体として検討しなければならない課題であると思います。

 

●「創造的復興」を目指して

 

 熊本県は昨年8月,「おおむね4年後のほぼ完全な復興」を打ち出しました。スローガンは「創造的復興」。単に「元に戻す」のではなく,被災前よりも発展した故郷の再生を目指すものです。
 阪神・淡路大震災を経て東日本大震災でも掲げられた理念です。創造的復興は直ちに実感できるものではないかもしれませんが,不断の努力を怠ってはなりません。
 報道等で接する映像や画像をみますと,まだまだ現状は被災者の多くが復興を実感できるには程遠いように見受けられます。目の前の生活への対応で手いっぱいという段階かもしれません。
災害によっても心まで壊されるものではありません。鎌倉時代に登場した法華経の行者・日蓮は「守護国家論」という遺文のなかで涅槃経を引用され,たとえ災難に遭ったとしても「心を壊る(やぶる)能わず(あたわず)」と述べられています。どこまでも被災者に寄り添い,励ましを贈り,「心の創造的復興」を成し遂げていかなくてはなりません。
 道のりは長く険しくとも,がまだしましょう。オールジャパンの総力を結集して「実感できる創造的復興」を断固実現しましょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

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