弁護士ブログ

2017.04.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 熊本は当職の故郷です。本日(平成29年4月14日)は,熊本,大分両県をはじめ九州全域まで揺らした熊本地震の発生から1年となります。まずは被災された方々にお見舞い申し上げます。平成28年4月14日の夜には前震が,16日未明には本震がそれぞれ襲いました。
 いずれも最大震度7を観測しました。地震は本震から余震を経て終息へ向かうと思われていましたが,そうした「常識」は覆されました。難攻不落の熊本城が損壊し,火の国の象徴・阿蘇にかかる阿蘇大橋は崩落してしまいました。
 痛ましい災害の爪痕は生々しく残ったままです。仮設住宅などで避難生活を送る人は今なお4万7000人余りに及ぶそうです。被災者にとって震災は現在も進行形というわけです。
熊本地震の経験からどんな教訓を学び,復旧・復興にどう取り組んでいけばよいのでしょうか。熊本・大分はもちろん,九州さらにわが国全体として検討しなければならない課題であると思います。

 

●「創造的復興」を目指して

 

 熊本県は昨年8月,「おおむね4年後のほぼ完全な復興」を打ち出しました。スローガンは「創造的復興」。単に「元に戻す」のではなく,被災前よりも発展した故郷の再生を目指すものです。
 阪神・淡路大震災を経て東日本大震災でも掲げられた理念です。創造的復興は直ちに実感できるものではないかもしれませんが,不断の努力を怠ってはなりません。
 報道等で接する映像や画像をみますと,まだまだ現状は被災者の多くが復興を実感できるには程遠いように見受けられます。目の前の生活への対応で手いっぱいという段階かもしれません。
災害によっても心まで壊されるものではありません。鎌倉時代に登場した法華経の行者・日蓮は「守護国家論」という遺文のなかで涅槃経を引用され,たとえ災難に遭ったとしても「心を壊る(やぶる)能わず(あたわず)」と述べられています。どこまでも被災者に寄り添い,励ましを贈り,「心の創造的復興」を成し遂げていかなくてはなりません。
 道のりは長く険しくとも,がまだしましょう。オールジャパンの総力を結集して「実感できる創造的復興」を断固実現しましょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.12.21更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

平成28年12月19日,次のようなニュースに接しました。


最高裁:預貯金は遺産分割の対象 判例変更し高裁差し戻し――毎日新聞
「亡くなった人の預貯金を親族がどう分けるか争った相続の審判を巡り,最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は19日の決定で,「預貯金は法定相続の割合で機械的に分配されず,話し合いなどで取り分を決められる『遺産分割』の対象となる」との判断を示した。」

これまで,最高裁は,後述する昭和29年や平成16年の判決において,預貯金など分けることのできる債権(可分債権)は「(法定)相続分に応じて分割される」と判断してきました。そのため,預貯金は,遺産の分け方を話し合う遺産分割の対象とはならず,法定相続分に基づいて自動的に分けられるとされてきたのです。もっとも,この理解を前提としながら,遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とする運用が実務上広く行われてきました。


そこで,今回は「遺産分割におけるこれまでの預貯金の取扱いと今回の判例変更の意義」について,解説をしたいと思います。


●これまでの最高裁判所の考え方
最高裁判所は,古くから,亡くなられた方(被相続人)が有していた預貯金債権については,死亡と同時に自動的に相続人に分割承継されるという考え方を採用していました。


最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁
「相続人数人ある場合において,その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは,その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とするから,所論は採用できない。」


最判平成16年4月20日判時1859号61頁
「相続財産中に可分債権があるときは,その債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係に立つものではないと解される(最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)。したがって,共同相続人の1人が,相続財産中の可分債権につき,法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には,当該権利行使は,当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから,その侵害を受けた共同相続人は,その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができるものというべきである。」

 

●これまでの最高裁判所の考え方の根拠
最高裁判所が上記のような考え方を採用していた根拠は,民法898条,民法264条,民法427条です。

(共同相続の効力)
民法第898条
相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する。

(準共有)
民法第264条
この節の規定は,数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし,法令に特別の定めがあるときは,この限りでない。

(分割債権及び分割債務)
民法第427条
数人の債権者又は債務者がある場合において,別段の意思表示がないときは,各債権者又は各債務者は,それぞれ等しい割合で権利を有し,又は義務を負う。

複数の相続人がいる場合,遺産は,複数の相続人の「共有」に属することになります(民法898条)。 民法898条の「共有」は,基本的には民法249条以下に規定する「共有」と性質を異にするものでないと解されています(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁参照)。

よって,遺産に含まれる預貯金についても,民法264条が適用されることになり,預貯金について相続人が複数いる場合は,民法264条によって,その複数の相続人が預貯金債権を取得することとなります。

複数の相続人が預貯金債権を取得するということは,すなわち,それぞれの相続人が金融機関に対して「払い戻せ」と請求できるということです。
これは,法律的には,「複数人の債権者がいる」ということになります。

そして,民法427条は「複数人の債権者がいる」場合に適用される規定です。

その結果,民法427条の効力によって,預貯金が相続人に等分に割り振られるということになります。すなわち,遺産分割を経るまでもなく,当然に分割承継されるということになりますから,可分債権は「遺産分割の対象となる遺産」を構成しないということとなるわけです。

 

●これまでの実務の運用
最高裁判所が上記のような考え方を採用していたため,現在の実務でも,この考え方が前提となっていました。もっとも,これまでの実務は,最高裁判所の考え方をそのまま適用しているきた訳ではありません。実務では,相続人間において,預金債権を遺産分割対象に含める旨の合意が成立すれば,合意に従い,預金債権を分割対象に含めて審理をする取扱いをしてきたのです。




●今回の大法廷決定
今回の大法廷決定は,これまでの最高裁判所の考え方をあらためました。
公開されている判決文によれば,「共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」旨判示しています。

これは,遺産分割の仕組みが共同相続人間の実質的公平を図ることを旨として相続により生じた相続財産の共有状態の解消を図るものであり,被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましいことを前提に,預貯金が現金に極めて近く,遺産分割における調整に資する財産であることなどを踏まえて,本件で問題となっている各預貯金債権の内容及び性質に照らし,上記各債権が共同相続人の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象となるとしたものであると理解することができます。

ちなみに,今回の大法廷決定には,補足意見が3つ,意見が1つ付されています。

これまでの実務の運用においても,遺産分割調停・審判において預貯金を取り扱ってきましたし(最判昭和50年11月7日民集29巻10号1525頁参照),金融機関の一部は,従来から亡くなった方の預貯金を遺族が引き出される場合,遺産分割協議書を求めてきていました。

そうしますと,今回の大法廷決定が遺産分割実務の「すべて」に対し決定的な影響を与える訳ではないと思われますが,実務上重要な判例変更であるといえるでしょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.11.24更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 何と,今日の東京には雪が舞いました。真冬並みの寒気の影響で,東京では平年より40日早く初雪を観測したのです。11月での初雪は1962年(昭和37年)以来,54年ぶりとのことです(当然ながら当職の生まれる前です。)。当職も熊本の田舎を出て以来東京での生活が長くなりましたが,びっくりしました。本日は,午前に電話会議が入っていましたので,遅刻しないよう早めに家を出ました。服装もコートにマフラーとまさに真冬の装いでした。
 幸いなことに少し時間調整で電車が遅れる程度で事務所に到着できましたが,現在もダイヤの乱れがあるようです。
 さらに,驚くべきことに,24日午前11時に東京で積雪が観測されたとの報道に接しました。11月に東京で積雪が観測されるのは史上,初めてとのことです。

 

 「『ありえない』なんて事は ありえない」とは,荒川弘さんの漫画『鋼の錬金術師』に登場する強欲のホムンクルス・グリードの言葉ですが(『鋼の錬金術師』第7巻「ダブリスの獣たち」より),本当に何があるか予想だにしません。
 思えば今年は60年ぶりの丙申(ひのえさる)の年。出来事を数え上げればキリがないほど,今年はこれまで日の目を見なかったことが形となって様々現れてきた年でありました。まずは今夜しっかり無事故で帰宅したいと思います。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.10.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 今日10月14日は「鉄道の日」ですが,昨日13日に当職がとくに注目したニュース報道が2件ありました。
 まず一つ目は,スウェーデン・アカデミーが,ノーベル文学賞を米国の歌手ボブ・ディランさん(75)に授与すると発表したというニュースです。歌手(ボブ・ディランさんはシンガーソングライターです。)が同賞を受賞するのは初めてのことです。
 スウェーデン・アカデミーは,ボブ・ディランさんを「偉大なアメリカ歌謡の伝統の中で新たな詩的表現を創造した」と評価しました。どうでもいい話ですが,ボブ・ディランと聞きますと,ガロの『学生街の喫茶店』の歌詞を思い出します。


 つぎに二つ目は,タイの国王であるプミポン国王(88)が崩御なされたというニュースです。わが国では「プミポン国王」の名称で知られていますが,これは通称であり,ラーマ9世(チャクリー王朝第9代のタイ国王)が正式です。在位期間は,1946年6月9日から2016年10月13日までという70年にも及びました。世界で最も長く君臨していた国家元首であり,何世代にもわたってタイの社会を支えた存在だったといえるでしょう。
 ちなみに,通称であるプーミポンアドゥンラヤデートは,「大地の力・並ぶ事なき権威」の意味だそうで,本来はタイ語においては(称号なども含めて)後ろのアドゥンラヤデートと不可分一体であり,プーミポンだけで呼ばれることはほとんどないそうです。


 ニュース報道等をみますと,タイの国全体が喪に服している状態です。
 嘆き悲しむ国民たちは,国王の肖像画を掲げ,タイの首都バンコクの街角で祈りをささげていました。国王が治療を受けていたシリラート病院の外に集まった群衆の多くは,王に幸運が訪れることを願ってピンク色の服を着ていました。プミポン国王がタイで敬愛されていることの証左といえます。
 タイ王国は立憲主義の国ですが,政府に問題が起こったときには国王が仲裁役として大きな役割を担ってきた歴史があることは皆さんご存じのとおりです。70年間に及ぶ在任中,クーデターや政治的な対立が起きたとき,国王は常に政治的な権力を行使してきました。2014年5月にもクーデターが発生しましたが,現在は国王の承認を得たのち,軍政の支配下にある状況です。
 懸念されるのは,プミポン国王の崩御により,タイが今後政治的に不安定な時期に入るのではないかという点です。マハ・ワチロンコン王太子(わが国のマスメディアは「皇太子」と表記・呼称するのですが,皇帝や天皇の継承者ではないのですから,誤用であると思います。)が王位を継承するのはよいとして,圧倒的に力量やカリスマ性が先王に劣ることは紛れもない事実だからです。新国王が先王ほど国民や政治に対して強い影響力を持たないおそれがあるとすると,王位を実質的な意味で簒奪しようとする輩が現れる可能性は否定できません。
 タイ国民は「まことの時」に遭遇しています。悲しみを乗り越えて,国難を乗り切っていただきたいと切に願っています。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.26更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 先週9月22日に興行収入100億円を突破し,動員数770万人を超える大ヒットを記録している日本のアニメーション映画があります。その名は『君の名は。』。ニュース報道によりますと,日本の劇場アニメで興業収入が100億円を突破したのは,宮崎駿監督作品以外で初めてのことだそうです。「認識しないで評価するな」という言葉のとおり,まずはこの大ヒット作品を自分の目で確かめるべく映画館へ行きました(事務所近くに「TOHOシネマズ日本橋」といういい映画館があります。)。

 監督は,『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』などの作品で知られる新海誠監督,音楽は若年層を中心に高い人気を誇るRADWIMPSが担当しています(劇中歌が効果的に流されており,非常に心地よかったです。)。そして,プロデューサーを『モテキ』『バケモノの子』『怒り』などのヒット作をプロデュースしてきた川村元気さんが務めています。さらに主人公の一人である立花瀧くんのCVをあてた神木隆之介くんがいれば大ヒット間違いありません(神木くんは『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』にも出演しています。本作の女役の演技も素晴らしかったです。)。

 8月26日に公開されてから約1ヶ月となりますが,映画館はかなり盛況の様子であり,もはや社会現状といってもいいでしょう。劇場に入るとほぼ満席となっており,観ている層も10代20代の若年層だけではなく,老若男女あらゆる世代がおられました(ちなみに,当職は中年層の男性として一人で観に行きました。)。

 新海誠作品といえば,その映像美です。『君の名は。』においても存分に発揮されています。「空」「雲」「光」「闇」「水」「山」「湖」「彗星」などの自然はもちろん,「街」「駅」「電車」「学校」「公園」「カフェ」などの建築物等の描かれ方も緻密で繊細でした。単純に理屈なく「美しい」「綺麗だな」と感じました。また,東京の聖地「新宿」「代々木」「信濃町」「四ツ谷」などはあの場所かなと思いをはせましたし,モデルとなった飛騨高山や諏訪湖などはGWに行ったばかりであったので,感慨深いものがありました。
 ただ,これまでの新海誠作品と比べてもっとも強く感じた点は,「ハッピーエンドに対する素直さ」です。例えば『秒速5センチメートル』におけるなんともほろ苦い結末(幼いころからお互いを思い合っていた男女が,成長とともに様々な差を埋められなくなり,男は現実に敗れ過去の女の幻想にすがり,女は他の男と結婚する等のエピソード)とは,『君の名は。』の結末との間でかなりのギャップがあります。ラストシーンにおける,すれ違う二人がお互いに気づくか気づかないかの結末がそのことを象徴しています(当職もラスト間際に「気付け!」「気付いてくれ!」と素直に念じていました。)。主人公の瀧くんも,もう1人の主人公・宮水三葉ちゃんも,思考を止めることなく智慧をしぼり,運命に抗い,最後の最後まで絶対に諦めない姿勢を貫いていました。
 これまでの新海誠作品には「現実に対する諦観」というものが見え隠れしていました(ここが好き嫌いの分かれるところでしょう。ちなみに,当職はハッピーエンドの方が好きです。まぁ実際は結構ブラックな面も否めませんが)。もちろん,人間はそんなに美しくものではないし,美しい面もあれば醜い面もあります。綺麗ごとばかり並べ立てても胡散臭く感じてしまうかもしれません。しかし,だからといってそこで諦めてしまうのか,「それでも」人間には無限の可能性があり,美しいものであると信じてみたい。新海監督は徹して美しさを描き切ることによって,本作は,人間が素直に感じることのできる「希望」を体現していました。『機動戦士ガンダムUC』に登場するマリーダ・クルスの台詞に「これからどんな現実に直面しても,自分を見失うな“それでも”と言い続けろ」というものがありますが,映画を見ながらマリーダの台詞を思い起こしていました。

 現代社会は閉塞感があるなどと言われて久しいですが,若年層はやはり「希望」を渇望しているのではないでしょうか。そして,若年層だけでなく,あらゆる層の人たちが「希望」を望んでいるはずです。『君の名は。』は1200年周期で訪れるティアマト彗星による災害を扱っています(劇中では1度村が滅びました。)。5年前の東日本大震災,今年4月の熊本地震,その他台風による被害など,我々は1000年の1度の災害の当たり年に生きています。「せめて映画の中くらい希望を見せてほしい」との衆望を『君の名は。』は具現化しているように思います。


 ちなみに,三葉ちゃんが通っていた糸守高校には,別の新海誠作品である『言の葉の庭』に出ていたユキノ先生が登場していました(ちなみにクレジットには「ユキちゃん先生」と記載されていました。)。この時の授業で,カタワレ時(この世ならざるものに出会う時間,黄昏のこと。若干ネタバレとなりますが,「カタワレ時」であったからこそ時空を超えて二人は出会えたのでしょう。劇中のシーンの中でも一番いいシーンの一つです。)の話がされています。
 ユキちゃん先生は,万葉集に出てくる
 「誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」(万葉集10巻2240番)
という句を黒板に書き,黄昏の語源について教えていました。黄昏の語源である「誰そ彼」は,「彼は誰だ?」→「君の名は?」と変換でき,作品を象徴するものとなっています(ラストシーンでは「君の名前は?」と言っていました。)。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.20更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 「週刊少年ジャンプ」を代表する人気漫画で「こち亀」の愛称で親しまれる「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が先週末の9月17日に最終回を迎えました。しかも,「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻とではエンディングが異なるという粋なはからいもありました。17日発売当日の書店には「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻が平積みされており,当職も,多くの人たちが手に触れ,レジに並んでいく光景を目の当たりにしました(かくいう当職も購入するかどうか迷った挙句,結局購入しませんでした。秋本先生,申し訳ありません。)。

 ちなみに,上記「週刊少年ジャンプ」の表紙を飾ったのは最終回を迎えた「こち亀」でしたが,これは「週刊少年ジャンプ」のはからいとしては極めて異例なことです。「週刊少年ジャンプ」は最終回を迎えた作品を表紙にすることはないのです(例外は「SLAM DUNK」だけだと思います。)。これは,「週刊少年ジャンプ」の理念として,常に「これからの作品」を大切にしたいというものがあるからです。「週刊少年ジャンプ」は,いつでも「未来」に向かって作られているのです。


 「こち亀」の連載終了は,作者の秋本治先生が今月3日に神田明神において「こち亀絵巻」の奉納を済まされた後,自ら発表されるという異例の形でした。ネットニュースでその報に接した時は,驚きを禁じ得ませんでした。「こち亀」は1話完結型の漫画ですから,その気になればいつでも終わらせることができる類の漫画です。秋本先生の中では「200巻」を一つの節目と考えておられたのでしょう。実際単行本の厚さが200巻に近づくにしたがって厚くなっています。
 何はともあれ,秋本先生,本当にお疲れ様でした。一ファンとして感謝申し上げます。


 当職は,小学校低学年ころから「週刊少年ジャンプ」を読み始め(最初「ジャンプ」に触れたのは廃品回収の時でした。),綺羅星のような漫画群の一つに「こち亀」がありました。90年代には653万部の歴代最高部数を達成していますが,係る「週刊少年ジャンプ黄金時代」を支えたのも「こち亀」でした。

 「こち亀」の最も驚くべき点は,「連載が1回も休載せずに40年も続いたこと」ではないでしょうか(作者が取材や体調不良のために休載することが通常のなかで,これは驚異的です。しかも秋本先生は「こち亀」以外にも連載をお持ちです。)。「こち亀」は当初ギャグ漫画として開始されました。一般的に「ギャグ漫画は短命」といわれているところですが,上記の事実は,「こち亀」が単なるギャグ漫画ではないことの証左といえましょう。

 「こち亀」の魅力といえば主人公である両さんこと両津勘吉ですが,連載当時の両さんは,天丼を盗み食いした猫に銃を乱射したり,道を聞く民間人に対し怒って追い返したりする乱暴者の側面もありました(そういえば,「元祖天才バカボン」に登場する本官さんも銃を乱射していました。現在では法令遵守の観点から描くことは難しいでしょう。)。
 しかし,現在の両さんのキャラは,乱暴者というイメージはありません。両さんは江戸っ子よろしく困っている人を助けたり,曲がったことは大嫌いで筋を通します。人を容姿などで差別しないし,下町の人々ともオープンに交流しています。しばしば掲載されていた「人情噺」は結構泣ける話が多かったですし,とくに両さんの子ども時代のノスタルジックなエピソードは,「昭和の東京の郷土史」という深みさえ与えています(ちなみに,当職的には両さんの欲望の赴くままに生命力豊かな姿が好きでしたし,はちゃめちゃで時代を少し先取るエピソードが好きでした。)。

 両さんの主人公としての魅力に加え,「こち亀」には「マニアックな情報が半端ない量」ありました(小ネタの数々は少年の心を鷲掴みしました。)。たとえば,両さんの後輩である中川圭一は自動車のコレクターのため,初期は迫力あるカーチェイスも当たり前で,描写も緻密でした(この点だけとってみても「こち亀」は単なるギャグ漫画ではありません。)。飛行機や戦車など兵器やオタク心を刺激する数々のメカには心躍りました。
 秋本先生のマニアックさは,やがて「ホビー」の分野に向けられていきました。サバイバルゲームなどアウトドアから切手やフィギュア,そしてゲームやパソコンといったインドアに移行し,果ては「艦これ」などの紹介もするにいたりました(新しすぎます。秋本先生のアンテナは敏感ですね。)。
 情報量の多さは,数々のマニアックなサブキャラクターを登場させました。シリアスながら抜けたところもある「星 逃田(ほし とうでん)」や,世界の戦場を渡り歩いたために日常でも重火器を持ち歩く「ボルボ西郷」,超エリートだが顔の怖い「凄苦 残念(すごく ざんねん,旧名・法条正義)」などなど。これら濃い顔ぶれが「たまに出る」のに記憶には残っています。キャラの層がぶ厚すぎます。
さらに,秋本先生の生み出したキャラクターの中でも「女性キャラクターの充実」という点を見逃すことができません(比較的強めの女性が多いような気がします。)。「マリアこと麻里 愛」(登場時は男性でしたが,後に女性となりました。)とや「磯鷲 早矢(いそわし はや)」らのヒロインたちは女性キャラに活躍の場を増やしましたし,両さんの新たな魅力も引き出し,「こち亀」にさらなる奥行きを加えました。

 そうした方向の到達点の一つが「擬宝珠(ぎぼし)家」の人々といえるでしょう。両さんと結婚話まで持ち上がった「纏(まとい)」,その妹で幼稚園児の「檸檬(れもん)」,祖母で一家を束ねる「夏春都(げぱると)」は個性派ぞろい。自由気ままな独身生活を続ける両さんが疑似的とはいえますがいわゆる「家族ドラマ」の中に置かれることによって,何でもありの「こち亀」の幅をさらに広げていきました。


 「こち亀」がただギャグだけに徹していたなら,「週刊少年ジャンプ」という苛烈な戦場において,ここまでの長期連載を勝ち取ることは難しかったような気がします。非日常を描き切ることで何ともいえない爽快感が得られましたし,豊富な雑学ネタ,ハイテクやホビー,人情噺や家族といった要素を貪欲に取り込むことによって,秋本先生は「長期連載に耐え得るシステム」を構築されていかれたと思います。40年もの歳月,ゆうに親子2世代を超えた支持を勝ち得たことはまさに漫画界の金字塔といえます。
 ちなみに,両さんは有給を消費されるとのことですが,おそらく有給は残っておらず,すでに使い果たしていることでしょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 今から416年前の本日9月15日は,あの「関ヶ原の戦い」が行われた日です(もちろん旧暦ですが)。戦いに勝利した徳川家康は,ついに天下取りへと突き進むこととなります。文字どおり,関ヶ原は「天下分け目の戦い」だったといえます。
 先日11日にNHKで放送された大河ドラマ『真田丸』(毎週楽しみに視聴しております。)第36回『勝負』においても「関ヶ原の戦い」が描かれましたが,藤井隆さん演じる佐助からの報告だけで1分足らずで終わってしまいました。ネット等では「超高速関ヶ原」,「斬新な脚本」などと評されています。この三谷幸喜さんの演出は,あくまでも真田家の目線で描かれているという説明が多いのですが,当職は,横山光輝『三国志』(以下『横山三国志』といいます。)へのオマージュともとれると思います。
 『横山三国志』といえば,三国志前半の見せ場である『官渡の戦い』をわずかなコマで描いた(描いていないという見方もできます。)というシーンがあります。三谷さんが『横山三国志』のファンであることからすれば,「超高速関ヶ原」は決して「斬新な脚本」ではなく,『横山三国志』を意識されていた脚本ではないかと推察します。ちなみに,劇中で本多正信が食していた「鶏肋」は,名門の子弟として生まれ,曹操に仕えその才能を愛されたものの,曹氏の後継者争いで曹植に味方したため,その才能を警戒され殺害された楊修のエピソードを彷彿させます。


 明治時代初期,陸軍大学校の教官に招かれて来日したドイツの軍人メッケル少佐は,関ヶ原での両軍の布陣を見るや,「西軍の勝ち」と即座に答えたという有名なエピソードがあります。戦術的に見れば,石田三成の勝利であったわけです。しかし,実際はそうはならなかった。決定的だったのは小早川秀秋の裏切りでした(それ以外にも家康の裏工作によって西軍の士気は低く,内通者も多かったようです。戦略的にはすでに家康が勝っていたといえるかもしれません。)。

 歴史にifはありませんが,もし「西軍の勝利」となっていれば,大坂(当時はこう表記しました。明治になるまで用いられました。現在は「大阪」ですからお気を付けください。)で豊臣秀頼を中心とした政治が行われたか(現在の秀頼研究の成果をふまえれば,この可能性は十分あり得たと思います。),はたまた再び戦乱の世に逆戻りしたことも考えられます(この場合,信長・秀吉・家康の「三英傑」を超える人物が登場しなければ天下統一は果たせないわけですが,あまり期待できなさそうです。)。

 いずれにしても,家康が敗れていたならば,1603年の「江戸幕府」開府はなかったことでしょう。「現在の東京を中心とした日本の繁栄は,関ヶ原に始まった」ともいえるかもしれません。

 実際の歴史では,関ヶ原の敗戦後,毛利家は120万余石から36万9000石という大幅な減封処分を受けて屈辱を強いられるものの,長州藩として家名は保ちました。毛利家ではこの屈辱を代々伝えて決して忘れず,その執念が250年の時を経て,倒幕の中心となって日本の歴史を大きく動かした明治維新の原動力となります。明治維新後は,最も内閣総理大臣を輩出した県としていまだ君臨しているわけですから,歴史というものは実に面白いものです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.01更新

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 本日9月1日は『防災の日』です。この日は,関東大地震を教訓とするために定められました(昨年の今日「9月1日は『防災の日』」と題するブログを書いておりますので,興味のある方はご覧ください。)。

 この日にはもう一つ,防災に関する由来があるのをご存じですか。
 それは「二百十日」という厄日です。

 古来わが国では,二百十日は暦の上で雑節の一つとして,江戸時代初期の1656年(明暦二年)に,伊勢暦で初めて使用され,貞亨改暦(1684年)の際,幕府天文方に就任した渋川春海によって,初夏を知らせる八十八夜とともに,暦に記載されました。

 この雑節は,立春から数えて210日目の日,太陽暦では9月1日ころが,220日目の二百二十日とともに,台風が襲来する厄日とされています(最近では,閏年のため日にちがずれてきていますが,この時期が台風シーズンであることは統計上疑いありません。)。

 関東大震災時にも,折からの突風が吹き荒れており,東京は3日間にわたって燃え広がり,出火規模は130カ所以上にのぼったといわれています。


 もともとは,稲の穂が出始める時期の,農事のうえで大切な時期に台風が襲来し,田んぼが泥水につかったり,強風で稲の花が吹き飛ばされてしまい,せっかく丹精に作ったお米が実らなくなってしまうことから,凶作に見舞われる「厄日」とされていました。

 この日は日本の文豪達の執筆活動や,私生活にも影響を与え,作品にまでなったものもあります。
 代表的なものとしては,夏目漱石の『二百十日』(タイトルそのままです。当職の故郷である熊本の阿蘇山が舞台です。)や松尾芭蕉の『野分』(実は,野分というのは,二百十日や二百二十日前後に吹く強風のことです。今でいうところの台風ですね。)が有名です。


 先週から今週にかけては台風10号による大雨の影響によって,東北や北海道において甚大な被害が発生しました。孤立している住民の方がおられる地域もあります。謹んでお見舞い申し上げます。

 統計的には,この厄日にとくに台風が襲来しやすいというだけではなく,「9月の台風シーズンを控えての心構え」という意味をこめて命名されたとも言われています。まさに「油断大敵」といえましょう。
 いずれにしても,「二百十日」という雑節と,「関東大地震」が,防災の日の制定に,大きく関わっていることには間違いありません。

 

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2016.08.22更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 平和の祭典・リオデジャネイロオリンピックは8月21日夜(日本時間22日午前),マラカナン競技場で閉会式を迎えました。
 約10分間にわたる,次期開催都市の東京をPRする映像やパフォーマンスでは,大トリに安倍晋三首相がサプライズで登場しました。安倍首相は,「クールジャパン」の代表として世界でも人気のキャラクター・スーパーマリオに扮して登場しました。マリオに「変身」した安倍首相が,国会から車やドリルを使って,日本から見て地球の裏側にあるリオに向かおうとする様子が,映像化されました(ネット上では「どうしてポケモンではなかったのか」などと話題となっていますが,リオ(Rio)だけにマリオ(MARIO)は外せなかったのでしょう。)。


 平和の祭典の閉会式の日が,「対馬丸事件」の日であることは,単なる偶然ではないと思います。いまから72年前の1944年(昭和19年)8月22日,沖縄からの疎開学童約800人を乗せた日本の貨物船「対馬丸」が,長崎に向かう途中に,米国の潜水艦「ボーフィン号」によって撃沈されました。
 当時,対馬丸には「学童を含め約1800人が乗っていた」とされていますが,そのうち生存者はわずか280人程度,うち学童疎開者は60人ほどでした。
 乗船していた児童のほとんどが命を落とした「対馬丸事件」は,いまなお語り継がれている「戦争の悲劇」のひとつです。『対馬丸―さようなら沖縄』というアニメーション作品もありますので,興味をもたれた方は探してみてください。
 命をつないだ人の中には,米国の潜水艦の魚雷が命中した「対馬丸」から海に飛び込んだ昭和19年8月22日を「もう一つの誕生日」と心に刻む方もおられます。命をつなぐことができたことに対する感謝の念でしょう。その一方で,犠牲者の親きょうだいと顔を合わせる慰霊祭への参列を頑として避けてきた方もおられます。「助かった後ろめたさは,一生消えないんだ」という苦悶が続くのでしょう。


 人間は「生きている」と思いがちですが,傲慢かもしれません。当職は「生かされている」のではないかと考えています。人間は生老病死から逃れることはできませんが,「価値ある人生」を送るべく精進したいものです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.16更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 8月13日(迎え盆)から本日8月16日(送り盆)までの4日間のお盆は「月遅れ」のお盆です。東京など関東圏の一部では7月15日を中心に行われる場合もあるようですが,当職の故郷である熊本をはじめ,夏休みにあわせた月遅れお盆が一般化していると思います。今年は4月14日に熊本地震が発生していますから,被災して亡くなられた方々も含めて追善回向をさせていただきました。
 お盆は日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事ですが,当職が司法試験受験をしていた際,大変お世話になったクリスチャンの師匠がいました。その師匠の名は,「石丸俊彦先生」(以下「石丸先生」といいます。)です。
 今回は,石丸先生を偲んでブログを書きたいと思います。


●石丸先生と当職との出会い


 石丸先生(1924年―2007年4月1日)は,裁判官であり,日本の法学者でもあります。専門は刑事法です(石丸先生の著作は,現在も刑事実務に多大な影響を与えています。石丸先生の著作『刑事訴訟法』は家宝といえましょう。)。元東京高裁総括判事も歴任され,退官後は,元早稲田大学法学部客員教授を務められました。

 石丸先生との出会いは,早稲田大学法職課程の『刑法総合』でした。『刑法総合』は,B4の紙にびっしりと書かれた事実から複数の共犯者の罪責を問う問題が出題されます。制限時間内に基本書等のいかなるものも参照してよい(もっとも,参照している暇はありません。)こととされ,答案用紙も制限がない(当職は平均して6~7頁書いていました。)異色の答練でした。「28点」以上が合格点であり,成績優秀者については,名前とともに出身大学を紹介していただける栄誉が与えられました。
 当職が平成10年に受験した論文式試験刑法第1問で失敗した際,当職の友人(東海地方で弁護士をしています。)に紹介されて石丸先生の門を叩きました。短答式試験である「択一」(たくいつ)のことを「たくいち」と言ったり,「Suika」(スイカ)のことを「シューカ」と言うなど,お茶目な部分もありましたが,『刑法総合』に臨まれる真剣な姿勢には唸りました。当職も全身全霊をかけて問題と格闘したことを覚えています(おかげで,名前と顔を覚えていただきました。また,同じ九州人であることも事あるごとに触れていただきました。)。
 その後,何とか平成16年に司法試験に合格させていただいた(ネットの世界では『ヴェテ』と呼ばれる人種です。)のですが,ご報告した際は,大変喜んでいただきました。師匠にお応えできることは弟子の誉です。


●法律家として,クリスチャンとして


 昨日は終戦(敗戦)の日でしたが,石丸先生がもの心ついたころ,すでに我が国は戦争への道をひた走っていました。石丸先生もまた,この戦争が「聖戦」であると固く信じる少年でした。
 終戦(敗戦)後,石丸先生は裁判官となられます。1970年代後半には,東京地方裁判所裁判長として,連合赤軍事件の審理に深く関わりました。とくに連合赤軍のひとりへの判決は,「石丸判決」として,その後の関連裁判で繰り返し参照されることになりました。
 この判決において,石丸先生は検察側の死刑求刑を退け無期懲役を言い渡し,さらに判決後,この被告人男性に異例の訓戒の言葉をかけたのです。
 「裁判所は被告人を法の名において生命を奪うようなことはしない。被告人自らその生命を絶つことも,神の与えた生命であるから許さない。被告人は生き続けて,その全存在をかけて罪をつぐなってほしい」。石丸先生の信仰に裏打ちされた言葉が,被告人男性とその関係者に深い印象を残したことは言うまでもないでしょう。


●質の良い法曹へ


 最後にかつて石丸先生が寄稿された記事を引用して終わりたいと思います。この記事を読むたびに勇気が湧きます。
【以下,記事引用始め】

 私は早大の法職過程教室で教えているが,ここにも人生の転換組が実に多い。皆働きながら,真摯に勉強を続けている。この人達が最終合格して修習生になると,雌伏から雄飛になって,法曹としての人生の豊かさがにじみ出て輝きを増してくる。実務につくと味のある,そして社会通念を的確に把握できる法曹に成長する。昨年私の刑法総合のクラスから60名が合格したが,この中にも人生転換組が多くいた。実務法曹は片々たる法律知識よりは,社会における他事多様な事実とそれに対する的確な評価と判断を必須の力とする。人生の転換・挫折を味わった人は,それだけの人生の暗さを味わってはい上ってきているから,人の弱さ,暗さが理解できる。私は法曹の資格としては,エリートで輝ける尾根づたいで合格して若くして法曹になるよりは,一度社会の泥沼に飛び込んで人生の荒波にもまれてそこから抜け出した人達のほうが社会の役に立つのではないかと思っている。このような人は,改めて金と時間を費やしてロースクールに入る手間ひまはとれない。
 私がいいたいのは,このような人生転換組みで中年の受験生に,ロースクールに行かなくても,司法試験の受験資格を与えつづけて欲しいということである。ロースクールが「質の良い法曹」の養成を主眼とするなら,その脇道でその過程に匹敵する勉強をして「質の良い法曹」になり得る人生転換組の合格への道を奪わないで,与え続けて欲しいものである。

【以上,記事引用終わり】

投稿者: 弁護士濵門俊也

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