弁護士ブログ

2017.04.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 熊本は当職の故郷です。本日(平成29年4月14日)は,熊本,大分両県をはじめ九州全域まで揺らした熊本地震の発生から1年となります。まずは被災された方々にお見舞い申し上げます。平成28年4月14日の夜には前震が,16日未明には本震がそれぞれ襲いました。
 いずれも最大震度7を観測しました。地震は本震から余震を経て終息へ向かうと思われていましたが,そうした「常識」は覆されました。難攻不落の熊本城が損壊し,火の国の象徴・阿蘇にかかる阿蘇大橋は崩落してしまいました。
 痛ましい災害の爪痕は生々しく残ったままです。仮設住宅などで避難生活を送る人は今なお4万7000人余りに及ぶそうです。被災者にとって震災は現在も進行形というわけです。
熊本地震の経験からどんな教訓を学び,復旧・復興にどう取り組んでいけばよいのでしょうか。熊本・大分はもちろん,九州さらにわが国全体として検討しなければならない課題であると思います。

 

●「創造的復興」を目指して

 

 熊本県は昨年8月,「おおむね4年後のほぼ完全な復興」を打ち出しました。スローガンは「創造的復興」。単に「元に戻す」のではなく,被災前よりも発展した故郷の再生を目指すものです。
 阪神・淡路大震災を経て東日本大震災でも掲げられた理念です。創造的復興は直ちに実感できるものではないかもしれませんが,不断の努力を怠ってはなりません。
 報道等で接する映像や画像をみますと,まだまだ現状は被災者の多くが復興を実感できるには程遠いように見受けられます。目の前の生活への対応で手いっぱいという段階かもしれません。
災害によっても心まで壊されるものではありません。鎌倉時代に登場した法華経の行者・日蓮は「守護国家論」という遺文のなかで涅槃経を引用され,たとえ災難に遭ったとしても「心を壊る(やぶる)能わず(あたわず)」と述べられています。どこまでも被災者に寄り添い,励ましを贈り,「心の創造的復興」を成し遂げていかなくてはなりません。
 道のりは長く険しくとも,がまだしましょう。オールジャパンの総力を結集して「実感できる創造的復興」を断固実現しましょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.11.24更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 何と,今日の東京には雪が舞いました。真冬並みの寒気の影響で,東京では平年より40日早く初雪を観測したのです。11月での初雪は1962年(昭和37年)以来,54年ぶりとのことです(当然ながら当職の生まれる前です。)。当職も熊本の田舎を出て以来東京での生活が長くなりましたが,びっくりしました。本日は,午前に電話会議が入っていましたので,遅刻しないよう早めに家を出ました。服装もコートにマフラーとまさに真冬の装いでした。
 幸いなことに少し時間調整で電車が遅れる程度で事務所に到着できましたが,現在もダイヤの乱れがあるようです。
 さらに,驚くべきことに,24日午前11時に東京で積雪が観測されたとの報道に接しました。11月に東京で積雪が観測されるのは史上,初めてとのことです。

 

 「『ありえない』なんて事は ありえない」とは,荒川弘さんの漫画『鋼の錬金術師』に登場する強欲のホムンクルス・グリードの言葉ですが(『鋼の錬金術師』第7巻「ダブリスの獣たち」より),本当に何があるか予想だにしません。
 思えば今年は60年ぶりの丙申(ひのえさる)の年。出来事を数え上げればキリがないほど,今年はこれまで日の目を見なかったことが形となって様々現れてきた年でありました。まずは今夜しっかり無事故で帰宅したいと思います。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.10.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 今日10月14日は「鉄道の日」ですが,昨日13日に当職がとくに注目したニュース報道が2件ありました。
 まず一つ目は,スウェーデン・アカデミーが,ノーベル文学賞を米国の歌手ボブ・ディランさん(75)に授与すると発表したというニュースです。歌手(ボブ・ディランさんはシンガーソングライターです。)が同賞を受賞するのは初めてのことです。
 スウェーデン・アカデミーは,ボブ・ディランさんを「偉大なアメリカ歌謡の伝統の中で新たな詩的表現を創造した」と評価しました。どうでもいい話ですが,ボブ・ディランと聞きますと,ガロの『学生街の喫茶店』の歌詞を思い出します。


 つぎに二つ目は,タイの国王であるプミポン国王(88)が崩御なされたというニュースです。わが国では「プミポン国王」の名称で知られていますが,これは通称であり,ラーマ9世(チャクリー王朝第9代のタイ国王)が正式です。在位期間は,1946年6月9日から2016年10月13日までという70年にも及びました。世界で最も長く君臨していた国家元首であり,何世代にもわたってタイの社会を支えた存在だったといえるでしょう。
 ちなみに,通称であるプーミポンアドゥンラヤデートは,「大地の力・並ぶ事なき権威」の意味だそうで,本来はタイ語においては(称号なども含めて)後ろのアドゥンラヤデートと不可分一体であり,プーミポンだけで呼ばれることはほとんどないそうです。


 ニュース報道等をみますと,タイの国全体が喪に服している状態です。
 嘆き悲しむ国民たちは,国王の肖像画を掲げ,タイの首都バンコクの街角で祈りをささげていました。国王が治療を受けていたシリラート病院の外に集まった群衆の多くは,王に幸運が訪れることを願ってピンク色の服を着ていました。プミポン国王がタイで敬愛されていることの証左といえます。
 タイ王国は立憲主義の国ですが,政府に問題が起こったときには国王が仲裁役として大きな役割を担ってきた歴史があることは皆さんご存じのとおりです。70年間に及ぶ在任中,クーデターや政治的な対立が起きたとき,国王は常に政治的な権力を行使してきました。2014年5月にもクーデターが発生しましたが,現在は国王の承認を得たのち,軍政の支配下にある状況です。
 懸念されるのは,プミポン国王の崩御により,タイが今後政治的に不安定な時期に入るのではないかという点です。マハ・ワチロンコン王太子(わが国のマスメディアは「皇太子」と表記・呼称するのですが,皇帝や天皇の継承者ではないのですから,誤用であると思います。)が王位を継承するのはよいとして,圧倒的に力量やカリスマ性が先王に劣ることは紛れもない事実だからです。新国王が先王ほど国民や政治に対して強い影響力を持たないおそれがあるとすると,王位を実質的な意味で簒奪しようとする輩が現れる可能性は否定できません。
 タイ国民は「まことの時」に遭遇しています。悲しみを乗り越えて,国難を乗り切っていただきたいと切に願っています。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 今から416年前の本日9月15日は,あの「関ヶ原の戦い」が行われた日です(もちろん旧暦ですが)。戦いに勝利した徳川家康は,ついに天下取りへと突き進むこととなります。文字どおり,関ヶ原は「天下分け目の戦い」だったといえます。
 先日11日にNHKで放送された大河ドラマ『真田丸』(毎週楽しみに視聴しております。)第36回『勝負』においても「関ヶ原の戦い」が描かれましたが,藤井隆さん演じる佐助からの報告だけで1分足らずで終わってしまいました。ネット等では「超高速関ヶ原」,「斬新な脚本」などと評されています。この三谷幸喜さんの演出は,あくまでも真田家の目線で描かれているという説明が多いのですが,当職は,横山光輝『三国志』(以下『横山三国志』といいます。)へのオマージュともとれると思います。
 『横山三国志』といえば,三国志前半の見せ場である『官渡の戦い』をわずかなコマで描いた(描いていないという見方もできます。)というシーンがあります。三谷さんが『横山三国志』のファンであることからすれば,「超高速関ヶ原」は決して「斬新な脚本」ではなく,『横山三国志』を意識されていた脚本ではないかと推察します。ちなみに,劇中で本多正信が食していた「鶏肋」は,名門の子弟として生まれ,曹操に仕えその才能を愛されたものの,曹氏の後継者争いで曹植に味方したため,その才能を警戒され殺害された楊修のエピソードを彷彿させます。


 明治時代初期,陸軍大学校の教官に招かれて来日したドイツの軍人メッケル少佐は,関ヶ原での両軍の布陣を見るや,「西軍の勝ち」と即座に答えたという有名なエピソードがあります。戦術的に見れば,石田三成の勝利であったわけです。しかし,実際はそうはならなかった。決定的だったのは小早川秀秋の裏切りでした(それ以外にも家康の裏工作によって西軍の士気は低く,内通者も多かったようです。戦略的にはすでに家康が勝っていたといえるかもしれません。)。

 歴史にifはありませんが,もし「西軍の勝利」となっていれば,大坂(当時はこう表記しました。明治になるまで用いられました。現在は「大阪」ですからお気を付けください。)で豊臣秀頼を中心とした政治が行われたか(現在の秀頼研究の成果をふまえれば,この可能性は十分あり得たと思います。),はたまた再び戦乱の世に逆戻りしたことも考えられます(この場合,信長・秀吉・家康の「三英傑」を超える人物が登場しなければ天下統一は果たせないわけですが,あまり期待できなさそうです。)。

 いずれにしても,家康が敗れていたならば,1603年の「江戸幕府」開府はなかったことでしょう。「現在の東京を中心とした日本の繁栄は,関ヶ原に始まった」ともいえるかもしれません。

 実際の歴史では,関ヶ原の敗戦後,毛利家は120万余石から36万9000石という大幅な減封処分を受けて屈辱を強いられるものの,長州藩として家名は保ちました。毛利家ではこの屈辱を代々伝えて決して忘れず,その執念が250年の時を経て,倒幕の中心となって日本の歴史を大きく動かした明治維新の原動力となります。明治維新後は,最も内閣総理大臣を輩出した県としていまだ君臨しているわけですから,歴史というものは実に面白いものです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.01更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日9月1日は『防災の日』です。この日は,関東大地震を教訓とするために定められました(昨年の今日「9月1日は『防災の日』」と題するブログを書いておりますので,興味のある方はご覧ください。)。

 この日にはもう一つ,防災に関する由来があるのをご存じですか。
 それは「二百十日」という厄日です。

 古来わが国では,二百十日は暦の上で雑節の一つとして,江戸時代初期の1656年(明暦二年)に,伊勢暦で初めて使用され,貞亨改暦(1684年)の際,幕府天文方に就任した渋川春海によって,初夏を知らせる八十八夜とともに,暦に記載されました。

 この雑節は,立春から数えて210日目の日,太陽暦では9月1日ころが,220日目の二百二十日とともに,台風が襲来する厄日とされています(最近では,閏年のため日にちがずれてきていますが,この時期が台風シーズンであることは統計上疑いありません。)。

 関東大震災時にも,折からの突風が吹き荒れており,東京は3日間にわたって燃え広がり,出火規模は130カ所以上にのぼったといわれています。


 もともとは,稲の穂が出始める時期の,農事のうえで大切な時期に台風が襲来し,田んぼが泥水につかったり,強風で稲の花が吹き飛ばされてしまい,せっかく丹精に作ったお米が実らなくなってしまうことから,凶作に見舞われる「厄日」とされていました。

 この日は日本の文豪達の執筆活動や,私生活にも影響を与え,作品にまでなったものもあります。
 代表的なものとしては,夏目漱石の『二百十日』(タイトルそのままです。当職の故郷である熊本の阿蘇山が舞台です。)や松尾芭蕉の『野分』(実は,野分というのは,二百十日や二百二十日前後に吹く強風のことです。今でいうところの台風ですね。)が有名です。


 先週から今週にかけては台風10号による大雨の影響によって,東北や北海道において甚大な被害が発生しました。孤立している住民の方がおられる地域もあります。謹んでお見舞い申し上げます。

 統計的には,この厄日にとくに台風が襲来しやすいというだけではなく,「9月の台風シーズンを控えての心構え」という意味をこめて命名されたとも言われています。まさに「油断大敵」といえましょう。
 いずれにしても,「二百十日」という雑節と,「関東大地震」が,防災の日の制定に,大きく関わっていることには間違いありません。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.16更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 8月13日(迎え盆)から本日8月16日(送り盆)までの4日間のお盆は「月遅れ」のお盆です。東京など関東圏の一部では7月15日を中心に行われる場合もあるようですが,当職の故郷である熊本をはじめ,夏休みにあわせた月遅れお盆が一般化していると思います。今年は4月14日に熊本地震が発生していますから,被災して亡くなられた方々も含めて追善回向をさせていただきました。
 お盆は日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事ですが,当職が司法試験受験をしていた際,大変お世話になったクリスチャンの師匠がいました。その師匠の名は,「石丸俊彦先生」(以下「石丸先生」といいます。)です。
 今回は,石丸先生を偲んでブログを書きたいと思います。


●石丸先生と当職との出会い


 石丸先生(1924年―2007年4月1日)は,裁判官であり,日本の法学者でもあります。専門は刑事法です(石丸先生の著作は,現在も刑事実務に多大な影響を与えています。石丸先生の著作『刑事訴訟法』は家宝といえましょう。)。元東京高裁総括判事も歴任され,退官後は,元早稲田大学法学部客員教授を務められました。

 石丸先生との出会いは,早稲田大学法職課程の『刑法総合』でした。『刑法総合』は,B4の紙にびっしりと書かれた事実から複数の共犯者の罪責を問う問題が出題されます。制限時間内に基本書等のいかなるものも参照してよい(もっとも,参照している暇はありません。)こととされ,答案用紙も制限がない(当職は平均して6~7頁書いていました。)異色の答練でした。「28点」以上が合格点であり,成績優秀者については,名前とともに出身大学を紹介していただける栄誉が与えられました。
 当職が平成10年に受験した論文式試験刑法第1問で失敗した際,当職の友人(東海地方で弁護士をしています。)に紹介されて石丸先生の門を叩きました。短答式試験である「択一」(たくいつ)のことを「たくいち」と言ったり,「Suika」(スイカ)のことを「シューカ」と言うなど,お茶目な部分もありましたが,『刑法総合』に臨まれる真剣な姿勢には唸りました。当職も全身全霊をかけて問題と格闘したことを覚えています(おかげで,名前と顔を覚えていただきました。また,同じ九州人であることも事あるごとに触れていただきました。)。
 その後,何とか平成16年に司法試験に合格させていただいた(ネットの世界では『ヴェテ』と呼ばれる人種です。)のですが,ご報告した際は,大変喜んでいただきました。師匠にお応えできることは弟子の誉です。


●法律家として,クリスチャンとして


 昨日は終戦(敗戦)の日でしたが,石丸先生がもの心ついたころ,すでに我が国は戦争への道をひた走っていました。石丸先生もまた,この戦争が「聖戦」であると固く信じる少年でした。
 終戦(敗戦)後,石丸先生は裁判官となられます。1970年代後半には,東京地方裁判所裁判長として,連合赤軍事件の審理に深く関わりました。とくに連合赤軍のひとりへの判決は,「石丸判決」として,その後の関連裁判で繰り返し参照されることになりました。
 この判決において,石丸先生は検察側の死刑求刑を退け無期懲役を言い渡し,さらに判決後,この被告人男性に異例の訓戒の言葉をかけたのです。
 「裁判所は被告人を法の名において生命を奪うようなことはしない。被告人自らその生命を絶つことも,神の与えた生命であるから許さない。被告人は生き続けて,その全存在をかけて罪をつぐなってほしい」。石丸先生の信仰に裏打ちされた言葉が,被告人男性とその関係者に深い印象を残したことは言うまでもないでしょう。


●質の良い法曹へ


 最後にかつて石丸先生が寄稿された記事を引用して終わりたいと思います。この記事を読むたびに勇気が湧きます。
【以下,記事引用始め】

 私は早大の法職過程教室で教えているが,ここにも人生の転換組が実に多い。皆働きながら,真摯に勉強を続けている。この人達が最終合格して修習生になると,雌伏から雄飛になって,法曹としての人生の豊かさがにじみ出て輝きを増してくる。実務につくと味のある,そして社会通念を的確に把握できる法曹に成長する。昨年私の刑法総合のクラスから60名が合格したが,この中にも人生転換組が多くいた。実務法曹は片々たる法律知識よりは,社会における他事多様な事実とそれに対する的確な評価と判断を必須の力とする。人生の転換・挫折を味わった人は,それだけの人生の暗さを味わってはい上ってきているから,人の弱さ,暗さが理解できる。私は法曹の資格としては,エリートで輝ける尾根づたいで合格して若くして法曹になるよりは,一度社会の泥沼に飛び込んで人生の荒波にもまれてそこから抜け出した人達のほうが社会の役に立つのではないかと思っている。このような人は,改めて金と時間を費やしてロースクールに入る手間ひまはとれない。
 私がいいたいのは,このような人生転換組みで中年の受験生に,ロースクールに行かなくても,司法試験の受験資格を与えつづけて欲しいということである。ロースクールが「質の良い法曹」の養成を主眼とするなら,その脇道でその過程に匹敵する勉強をして「質の良い法曹」になり得る人生転換組の合格への道を奪わないで,与え続けて欲しいものである。

【以上,記事引用終わり】

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日(平成28年8月15日)は,終戦(敗戦)記念日『日本のいちばん長い日』です(かつて,ブログで「『日本のいちばん長い日』はいつか?!」という記事を書きました。実は8月15日が終戦(敗戦)の日ではないという内容となっております。興味のある方はお読みください。)。

 さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにすべき1日となりました。
 
 終戦(敗戦)以来すでに71年を迎え,私たちのご先祖様らのたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられました。リオデジャネイロの天地では,「平和の祭典」オリンピックが開催中です。日本選手団もこれまでの限界を超える成績を上げており,本当に頼もしいです。2020年の東京オリンピック・パラリンピックも期待したいです。


 オリンピックの憲章には,「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し」と謳われています。これには,戦争の悲惨を経験してきた民衆の平和への願いが託されているといえるでしょう。国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)前文の冒頭には,「戦争は人の心の中で生れるものであるから,人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」とあります。

 人間の生命には無限の可能性があると当職は信じています。人類融合の先進地であるブラジルでの祭典が大成功し,地球民族の連帯が一段と深まりゆくことを,祈っていきたいものです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.04.18更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 先日(平成28年4月15日),14日午後9時26分ころに,熊本県熊本地方を震源とする,マグニチュード6.5(暫定値),最大震度7の地震が発生したことをブログに書きましたが,さらに,その28時間後の4月16日午前1時25分ころ,同じく熊本県熊本地方を震源とする,マグニチュード7.3(暫定値),最大震度6強の地震が発生しました。気象庁は同日,後者(16日未明)の地震が本震で,前者(14日)の地震は前震であったと考えられるとする見解を発表しています。

 被害はますます拡大しており,予断を許しません。熊本・大分など各地でつづく地震の被災者の皆さまにお見舞い申し上げます。九州の友人・知人を苦しめる災害の早い終息を心よりご祈念申し上げます。

 

 当職も熊本の出身であり,熊本のために何かできないのかと考えあぐねていたところ,ある報道に接しました。それは,地震で被害を受けた熊本県を励まそうと,ツイッター上で,「くまモン」の自作イラストを投稿して,熊本にエールをおくる試みが始まったというものでした。

 ボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」で知られる,ちばてつや先生が,知人から送られた「くまモン」の応援イラストをブログに掲載したことがきっかけであったようです。これに同じくボクシング漫画「はじめの一歩」の森川ジョージ先生が呼応し,ハッシュタグ「#くまモン頑張れ絵」で投稿を呼びかけたことで拡散したようです。

 応援イラストは中国など海外からのものもあり,数はどんどん増えています。似ているとかそういった次元のものではありません。熊本の被災者を励まそうという善意にあふれています。当職は,「くまモン」のすそ野の広さを思い知るとともに,ありがたいことだなと唸りました。

  他方,森川先生は,「くまモン描こう!と呼び掛けてしまったが著作権とかどうなっているんだ?でももうやってしまった。後で怒られよう」とツイートしておられます。

 熊本県ブランド推進課のお話によれば,「悪質なものは困りますが,善意で応援していただいているので,『#くまモン頑張れ絵』は,許可の範囲内だと思っています。原則として『(C)2010熊本県くまモン』という著作権の表記を求めていますが,今回に関しては表記がないからと言って,とやかくいうことはありません。くまモンや熊本を愛していただいている証拠として,ありがたくご好意として受け取っています」とのことです。

 

 熊本弁に「がまだす」という方言があります。意味は「精を出す。頑張る。」ということであり,「汗水たらして働く」ことを意味することもあります。被災者の方々にとってみれば,今が頑張りどころです。大変ですが,「いっちょ,がまだそーかね」(意味:ひとつ,頑張ろうかな)との思いでやりましょう。応援しています。

 

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2016.04.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 昨夜平成28年4月14日午後9時26分ころのことです。妻とテレビジョン放送を視聴していましたところ,ニュース速報が入りました。熊本を震源とする震度7の地震が発生したというのです。

 当職の実家のある地域も震度6弱を記録しており,すぐに電話で連絡を取ろうとしましたが,なかなかつながりません。当職は,5年前の東日本大震災の時の不安感(あの時は本当につながらず,家族の安否確認すらできませんでした。)に襲われましたが,比較的早めに連絡がつき安堵しました。友人らにも連絡がつき,無事を確認できました。東京の友人知人らにもご心配をおかけしました。少なくとも当職の関係者で被災された方はおりませんので,ご安心ください。

 結構衝撃を受けたのは,築城の名手・加藤清正公が築城した難攻不落を謳われた熊本城の石垣が崩れた映像でした。築城400年を超えたあの熊本城の石垣が…。言葉を失いました。

 

 先ほど,気象庁は,昨夜14日午後9時26分ころに発生し,熊本県上益城郡益城町で震度7を観測した地震について「平成28年(2016年)熊本地震」と命名しました。

 気象庁においては,顕著な災害を起こした自然現象に名前を付けることとしており,地震を命名するのは5年前の「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」以来となります。

 

 地元の皆さんが口にしたのは,「マジでびびった。避難しなければと考えることもできず,ただ茫然と立ち尽くすだけだった。何もできなかった」ということでした。

 それもそのはず,九州を襲う自然災害としては,台風や火山が顕著ですが,実は,地震はあまりありません。九州人には地震に対する免疫が極めて少ないのです。

 当職も大学進学のため上京した際,東京であまりに地震が多いことに驚いた経験があります。東京の人にとっては地震は日常茶飯事であり,「今のは震度4だな」「いや,震度3だよ」などと普通に会話している姿を見て,唖然とした覚えがあります。

 

 九州地方で震度7を観測したのは,統計を開始した大正12年(1923年)以降初めてのことだそうです。

 被災された方々にはお見舞い申し上げます。今回の地震の特徴として余震も震度が強いことがあげられます。被害も甚大になりつつあるようです。迅速な災害対策と終息,さらに復旧・復興と,当職にもできることがあれば力になりたいと思います。

 

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2016.04.11更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 当職の所属する「東京新生法律事務所」は,東京都日本橋人形町に所在しております。事務所近くには,「水天宮(すいてんぐう)」があります。

 水天宮は,東京都中央区日本橋蛎殻町にある神社であり,福岡県・久留米市にある久留米水天宮の分社です。江戸時代から安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集めています(安産・子授けの神とのことですが,完全な民間信仰です。その由来には諸説あるようです。)。妊婦や子どもを授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが,安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがありません。東野圭吾さん原作の「新参者」の舞台にもなりました。

 

 その水天宮ですが,江戸鎮座200年記念事業として社殿の建替えを行っていました。それに伴い,平成25年(2013年)3月1日から平成28年(2016年)4月7日までの間は,日本橋浜町の明治座そばに仮宮が設けられていました。

 そして,先週平成28年4月8日から新社殿への参拝者の受入れを開始しました。昨日(平成28年4月10日)は,新社殿ができて最初の「戌の日」に当たり,日曜日でもありましたから,多くの参拝者が訪れていました。その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口にふさわしいものでした。

 

 「戌の日」といいましたが,聞いたことがあるだけで妊娠するまで知らなかったという女性の方や,男性の方ではまったく知らないという方もおられるかと思います。

 そもそも「戌の日」は,十二支の戌に当たる日のことです。

 妊娠5か月目に腹帯(岩田帯)を巻いて安産祈願をするのが主流となっています。

 「戌の日」に安産祈願をするのは昔から伝わる風習で,かつて妻の実家から代々受け継がれた腹帯を使用するというのが普通だったようです。最近では,お参りの日に腹帯(岩田帯)を購入する方もおられるようで,実家から受け継ぐ風習はなくなりつつあるようです。

 

 本日午前中,離婚調停で家庭裁判所に出頭していましたが,親権をめぐっては争いが泥沼化する事案も多々あります。わが国には「子に過ぎたる宝なし」という諺がありますが,虐待のニュース報道等に接しますとやるせなくなります。

 アメリカ大陸の先住民・インディアンの言葉には,「私たちは未来の世代から母なる大地を預かっている。」(Protecting Mother Earth For Future Generation)という箴言がありますが,未来の世代の子どもらにでき得るかぎり住みやすい社会のつくるのが「おとな」の重要な使命であると痛感しています。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

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