弁護士ブログ

2015.10.31更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 今日10月31日は,ハロウィンです。当職がハロウィンを初めて知ったのは,中学か高校の英語の教科書でした。「いつの間にこれだけのイベントとなったのか感」が否めないハロウィンですが,日本に定着し始めたきっかけは多々あるようです。しかし, 一番の火付け役となったのは東京ディズニーランド(以下「TDL」といいます。)が開催したハロウィンイベントであると推察します。

 TDLでは,1997年(平成9年)に初めて秋のスペシャルイベント『ディズニー・ハッピーハロウィーン』を開催しました。当初は10月31日限定のイベントだったはずです。

 これをきっかけとして,TDLにおけるハロウィンイベントの規模が年々拡大し,1999年(平成11年)には『ハッピーハロウィーン・トワイライト・パレード』を開催。約400名のゲストが仮装し,ディズニーキャラクタ―とパレードを行いました。

 2001年(平成13年)ころから10月中に開催されるイベントとして定着し始め,現在では9月上旬から10月末ころまで開催されるディズニーランドの大きなイベントのひとつとなっています。

 経済効果でいえば,クリスマスに次ぐものと成長しているそうで,日本経済の発展に寄与している事実もあります。

 

 日本では本来の由来などおかまいなくバカ騒ぎしている感のあるハロウィンですが,当職が忘れられないのは,1992年10月17日に米国で起きた悲劇です。

 1992年10月17日,米国ルイジアナ州に留学していた当時,愛知県立高校の男子生徒(当時16歳)が,寄宿先のホストブラザーとともにハロウィンのパーティに出かけました。しかし,訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため,家人(当時30歳)から侵入者と判断されて拳銃を突きつけられ,「フリーズ(Freeze「動くな」の意味です。)」と警告されたのです。

 しかし,男子生徒は,「パーティに来たんです」と説明しながら家人の方に微笑みながら進んだため,玄関先で,家人から近距離で発砲されたのでした。男子生徒は,出血死しました。

 家人は,日本の刑法でいいますと傷害致死罪に相当する計画性のない殺人罪で起訴されたのですが,ルイジアナ州の地方裁判所陪審員は,12名(白人10名,黒人2名)全員一致で無罪の評決を下したのです。

 その後行われた,遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判においては,刑事裁判とは正反対の結果となりました。家人は,家に5丁も銃を持つガンマニアであり,しばしば近所の野良犬や自宅敷地内に入ってきた犬猫を射殺している人物であったのです。しかも,当日はウイスキーをコーラ割りして飲んでいたこと,妻の前夫とトラブルを起こしており,事件の前に前夫に対して「次に来た時は殺す」などと言っていたことなどの事実も証明されたました。そのため,家人の行為は正当防衛には該当せず,殺意を持って射殺したとして65万3000ドル(当時約7000万円)を支払うよう命令する判決が下されたのです。翌年,同州高等裁判所も控訴を棄却したため判決が確定しました。

 男子生徒の両親は,友人らの協力も得て「米国の家庭からの銃の撤去を求める請願書」に署名を求める活動を開始し,米国における銃規制の重要法案であったブレイディ法が可決されたのでした。しかしその後,政権交代等により,2004年に失効となりました。

 

 米国の抱える闇を見る思いがした事件でしたが,米国の銃規制は遅々として進んでいません。その理由を知るためには,米国の出自(「しゅつじ」と読みます。ある著名な方が「でじ」と言われていたのを聴いて,目を丸くした経験があります。)を知る必要があります。それを知る書籍として当職は,神野正史著『世界史劇場・アメリカ合衆国の誕生』(ペレ出版・2013年)が好著であると思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.27更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日10月27日は,「文字・活字文化の日」ですが,その根拠条文は,文字・活字文化振興法(平成17年7月29日法律第91号)第11条第1項及び2項です。

 本日から2週間「読書週間」となっています。

 

 第1回の「読書週間」は,終戦間もない昭和22年(1947年)にまで遡ります。いまだ先の大戦の戦火の傷痕が至る処に残っているなかで,「読書の力によって,平和な文化国家を作ろう」との決意のもと,出版社・取次会社・書店と公共図書館,そして新聞・放送のマスコミ機関も加わって,11月17日から,第1回「読書週間」が開催されました。

 その時の反響はすばらしく,翌年の第2回からは期間も10月27日~11月9日(文化の日を中心とした2週間)と定められ,この運動は全国に拡がっていきました。

 そして「読書週間」は,日本の国民的行事として定着し(来年は記念すべき70回を迎えます。),わが国は世界有数の「本を読む国民の国」となりました。

 現在,電子メディアの発達によって,世界の情報伝達の流れは,大きく変貌しようとしています。しかし,その使い手は人間です。どんな本を持ち,どんな文章を読んでいるか。それが人格をつくり,人生の背骨となっていくのです。その必須アイテムこそ「本」であると確信します。

 当職の仕事も言葉を操る職業の一つです。言葉に生きる人生といえば,すこしかっこよすぎでしょうか。ブラジルの作家モンテイロ・ロバット(1882-1948)の箴言に,「国家は,人間と良書で建設すべきである」とあります。「良書と親しみ,悪書は遠ざけよ」,これが古今東西の偉人・賢人の一つの結論です。

 当職も良書を求めて,リアルはもちろん,バーチャルの書店を日々さまよっております。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.26更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 気圧配置が西高東低の冬型となり,季節風が強まった影響により,気象庁は平成27年10月25日,東京で冬の訪れを告げる「木枯らし1号」を観測したと発表しました。観測は24日夜であり,昨年より3日早かったこととなります。

 気象庁によりますと,東京で24日午後11時54分,最大瞬間風速13.3メートルの北北西の風を観測したそうです。

 

 木枯らしが吹きますと,当職は小泉今日子さんの名曲『木枯らしに抱かれて』(作詞・作曲は高見沢俊彦さんです。)を思い出すとともに,『星落秋風五丈原』(ほしおつしゅうふうごじょうげん)を思い出します。

 

 『星落秋風五丈原』は,土井晩翠による新体詩であり,明治31年(1898)に発表された長編叙事詩です。

 七章349行に構成されており,諸葛亮孔明が五丈原に病没するまでの生涯を描き,その忠義を謳歌しています。正に晩翠の最高傑作であり,発表された当時は広く暗誦されたといわれています。作者不詳の歌もありますね。

 

 祁山(きざん)悲秋の 風更けて 陣雲暗し 五丈原

 零露(れいろ)の文(あや)は 繁くして 草枯れ馬は 肥ゆれども

 蜀軍の旗 光無く 鼓角(こかく)の音も 今しづか

 丞相(じょうしょう)病 あつかりき

 

 『三国志演義』のクライマックスシーンである諸葛亮の最期の場面。天に叫び,地に悲しむ,諸葛亮の痛烈な叫びが聞こえてきてなりません。

 それは,塗炭の苦しみにあえぐ民衆を救わんとする,まことの使命を自覚した者の責務と辛さといえましょう。諸葛亮の命は風前のともしび。蜀軍は勝ち目なく敗色濃厚。しかし,このままで今,死ななくてはならない。この時の諸葛亮の無念が,今日(こんにち)も生きつづけています。

 

 嗚呼五丈原 秋の夜半 あらしは叫び 露は泣き

 銀漢(ぎんかん)清く 星高く 神祕の色に つゝまれて

 天地微かに 光るとき 無量の思 齎(もた)らして

 「無限の淵」に 立てる見よ 功名いづれ 夢のあと

 消えざるものは たゞ誠 心を盡し 身を致し

 成否を天に 委(ゆだ)ねては 魂遠く 離れゆく

 

 高き尊き たぐいなき 「悲運」を君よ 天に謝せ

 青史の照らし 見るところ 管仲樂毅 たそや彼

 伊呂の伯仲 眺むれば 「萬古の霄(そら)の 一羽毛」

 千仭翔(かく)る 鳳(ほう)の影 草廬にありて 龍と臥し

 四海に出でゝ 龍と飛ぶ 千載の末 今も尚

 名はかんばしき 諸葛亮

投稿者: 弁護士濵門俊也

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