弁護士ブログ

2016.04.11更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 当職の所属する「東京新生法律事務所」は,東京都日本橋人形町に所在しております。事務所近くには,「水天宮(すいてんぐう)」があります。

 水天宮は,東京都中央区日本橋蛎殻町にある神社であり,福岡県・久留米市にある久留米水天宮の分社です。江戸時代から安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集めています(安産・子授けの神とのことですが,完全な民間信仰です。その由来には諸説あるようです。)。妊婦や子どもを授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが,安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがありません。東野圭吾さん原作の「新参者」の舞台にもなりました。

 

 その水天宮ですが,江戸鎮座200年記念事業として社殿の建替えを行っていました。それに伴い,平成25年(2013年)3月1日から平成28年(2016年)4月7日までの間は,日本橋浜町の明治座そばに仮宮が設けられていました。

 そして,先週平成28年4月8日から新社殿への参拝者の受入れを開始しました。昨日(平成28年4月10日)は,新社殿ができて最初の「戌の日」に当たり,日曜日でもありましたから,多くの参拝者が訪れていました。その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口にふさわしいものでした。

 

 「戌の日」といいましたが,聞いたことがあるだけで妊娠するまで知らなかったという女性の方や,男性の方ではまったく知らないという方もおられるかと思います。

 そもそも「戌の日」は,十二支の戌に当たる日のことです。

 妊娠5か月目に腹帯(岩田帯)を巻いて安産祈願をするのが主流となっています。

 「戌の日」に安産祈願をするのは昔から伝わる風習で,かつて妻の実家から代々受け継がれた腹帯を使用するというのが普通だったようです。最近では,お参りの日に腹帯(岩田帯)を購入する方もおられるようで,実家から受け継ぐ風習はなくなりつつあるようです。

 

 本日午前中,離婚調停で家庭裁判所に出頭していましたが,親権をめぐっては争いが泥沼化する事案も多々あります。わが国には「子に過ぎたる宝なし」という諺がありますが,虐待のニュース報道等に接しますとやるせなくなります。

 アメリカ大陸の先住民・インディアンの言葉には,「私たちは未来の世代から母なる大地を預かっている。」(Protecting Mother Earth For Future Generation)という箴言がありますが,未来の世代の子どもらにでき得るかぎり住みやすい社会のつくるのが「おとな」の重要な使命であると痛感しています。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.01.21更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 先週報じられた国民的大人気スーパーアイドルグループの解散報道は,何とか事なきを得て終息に向かおうとしているようです。今回の報道では,当該アイドルグループが,わが国はもちろん全世界の方々に多大な影響を及ぼしていることを痛感させられました。また,わが国の芸能界の闇が深いということをまざまざと知らされました。

 今回の騒動は,ある意味において,「産みの親と育ての親の対立」であったと評し得るかと思いますが,今回の騒動を受け,当職は,大岡越前こと大岡忠相(以下「大岡越前」といいます。)の「子争い」という名裁きがあったことを思い出しました。

 

【あらすじ】

 ある時,大岡越前のところに,ふたりの女がひとりの子を連れてやってきました。

 ふたりの女は,いずれも,「自分こそこの子の本当の母親です」と言って譲りません。

 そこで,大岡越前は,つぎのように言いました。

 「子の腕を持て。お前は右じゃ。そちは左を持つがいい。それから力いっぱい引き合って勝ったほうを実母とする」

 ふたりの女は,子どもの腕を思いきり引っぱり始めましたが,子どもが痛がって泣きわめくので,一方の女は思わず手を放しました。

 勝った女は喜んで子を連れて行こうとしましたが,大岡越前は,「待て。その子は手を放した女のものである」と言います。

 勝ったと思った女は当然ながら大岡越前に激しく抗議します。「なぜでございますか。勝った者の子だとおっしゃられたではありませぬか」

 その抗議に対し,大岡越前はつぎのように諭しました。

 「本当の母親なら子を思うものである。痛がって泣いているものをなおも引く者がなぜ母親であろうか」

(おしまい)

 

 もともと大岡裁きは史実ではなく,古典をもとにしたフィクションばかりであったといいます。今回の騒動に対する世論は,当職の見立てでは,おそらく前述の「子争い」に対する大岡裁きに近い(育ての親に同情している)と思われます。

 ちなみに,前述の「子争い」のお話は,中国の古典『棠陰比事』(とういんひじ)をモチーフにしているようです(『棠陰比事』は,中国の裁判記録集であり,宋の桂万栄の著です。)。

 

【あらすじ】

 ある兄弟が同じ家に住んでいたとさ。兄の嫁と弟の嫁は同時に懐妊し,兄嫁の子は腹の中で死んでしまいました。

 しかし,兄嫁はこのことを黙っており,まもなく生まれた弟の嫁の子を奪い取って自分のものにしようとしました。跡継ぎがいないと,その家の財産を自分のものにできないからです。

 ひとりの子どもをめぐって3年もの間言い争い,ついに裁判所に訴え出て裁きを受けることとなってしまいました。

 判事は女房たちに対し,子どもを奪い合わせて勝ち取ったほうが本物の母親といいます。

 そこで子争いが始まります。兄嫁は子どもの足が折れるほど激しく奪い取ろうとするのに対し,弟の嫁は子どもがかわいそうで力を込められない状況でした。

 それを見て判事は,子どもは弟の嫁のものとして,兄嫁を処罰したとさ。

(おしまい)

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.01.18更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日(平成28年1月18日)の東京は,大雪によって大変混乱しました。昨日1月17日は,絶対に忘れてはならない1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災から21年目に当たる日でした。

 

 2014年(平成26年)上半期に放送されたNHK連続テレビ小説『花子とアン』において,関東大震災の後,再会したヒロイン・花子の夫がその息子と抱き合うシーンがありました。演出では「花子や子どもと再会し,安堵の笑いを浮かべる」となっていたそうです。しかし,花子の夫役を演じた若手俳優・鈴木亮平さん(以下「鈴木さん」といいます。)は,「絶望の中で家族が生きていたことを知った時,人は笑えるのだろうか?僕は普段,演出家には意見を言わない。でも,その時だけは意見を出させてもらった。本番では,そのシーンで,ただただ子どもを抱きしめた」(神戸新聞2015年1月2日付けから引用)とその心情を述べておられます。

 阪神・淡路大震災が起きた1995年(平成7年),鈴木さんは小学6年生でした。こだわりをもって演じられたドラマの一場面は,当時の記憶を重ねた演技であったようです。

 鈴木さんは語っています。「あの時,子ども部屋の2段ベッドで兄貴と寝ていた。地震が起きてすぐに父親が部屋に飛び込んできた。『地震だ。外に出るぞ』。暗闇の中,部屋に立つ父親のシルエットが頭に焼き付いている。芝居では,子どもを守ろうとしたあの時の父の姿,気持ちをイメージした」(神戸新聞2015年1月2日付けから引用)

 「地震からしばらくして阪神電車が神戸まで復旧した日,父親に連れられて電車に乗った。車窓から見えた神戸のまちは悲惨だった。『この景色をしっかり覚えておけ』。父からはそう言われた。地震とはどういうものか,地震が起きればまちはどうなるのか。父と一緒に電車に乗りながら,痛み,苦しみを知った」(神戸新聞2015年1月2日付けから引用)

 

 人が窮地に立たされた時,鈴木さんのお父様のごとき厳たる人の存在は何ものにも替え難いものです。

 当職は,「最も苦しんだ人が,最も幸福になる権利があります。また,最も苦労した人が,最も偉大な勝利をつかめるのです。」と師に教えていただきました。その言葉を胸に今日も職務を遂行しています。 

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.01.05更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 いよいよ平成28年(2016年)が開幕し,今日から「仕事はじめ」という方もおられると思います。ここに「仕事はじめ」と書きましたが,これは「仕事始め」と「仕事初め」どちらの漢字が正しいのでしょうか?

 インターネット上で見てみても,両方の用例があがっているようですし,意外に正確には理解して使用されていない方も多いようにお見受けします。

 当職は,弁護士であるところ,裁判所法第74条は,「裁判所では,日本語を用いる。」と規定しておりますので,ついつい日本語にはうるさくなってしまいがちです(もっとも,日本語の乱れに厳しいのは当職の妻のほうでして,しばしば正確に使うよう指摘を受けております。)。

 また似たような用語として「御用始め」というものがあります。ついでに,「御用始め」の意味についても解説してみます。

 

●「仕事始め」と「仕事初め」では,「仕事始め」が正しい

 これは,日本語の意味を考えれば,容易に区別できるものと思います。「始め」と「初め」の意味の違いですが,「始め」は始める(英語でいえば,start)を意味し,「初め」は初めて(英語でいえば,first)を意味します。

 「仕事始め」は新年を迎え,初めて仕事を「始める日」であり,「初めて仕事をする日」ではありませんから,「始め」のほうが正しくなります。

 

●「仕事初め」を使う人がいるのはなぜなのか?

 日本語の意味を考えれば,間違いようがない気もするのですが,「仕事初め」を使用する人も結構おられます。それはなぜなのでしょうか?

 少し考えてみます。

 まず考えられるのは,パソコンやスマートフォンの変換機能です。

 たしかに,パソコンやスマートフォンなどで変換すると「仕事始め」と「仕事初め」は両方とも出てきます。変換候補に出てくることから正しい使い方なのではないかと思ってしまう人もおられる可能性があります。

 また「書き初め」という単語が影響していることも考えられます。

 「書き初め」はその年の初めに書く文字であるため,「仕事始め」と混同しておられる方もいてもおかしくはないのかもしれません(ただ,「ぞめ」は「初め」しかないのですが…)。

 

●御用始めとの違いは何か?

仕事始めによく似た用語として「御用始め」というものがあります。

「御用始め」も意味自体は仕事始めと大差はなく,現在は,官公庁における仕事始めの用語として使われています。

元々は民間企業においても「御用始め」が使われていたようですが,堅苦しい言い方を和らげるために「仕事初め」という単語が使われるようになったようです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.12.02更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 12月4日から10日までは,「人権週間」です。

 これは1948年(昭和23年)12月10日,国際連合総会において「世界人権宣言」が採択されたのを記念し,我が国では1949年(昭和24年)から毎年12月4日から10日までを「人権週間」と定め,人権を尊重する考えを普及し,高揚させるための啓発活動が全国各地で実施されています。

 

 「世界人権宣言」ですが,英語での呼称は"World Human-Right Manifest"ではなく,"The Universal Declaration of Human Rights"となっています。すなわち,「人権の普遍的宣言」です。

 この呼称からは,すべての国,地域に適用されるという”普遍性”-地球上のいずこにあっても,空間的な限定がないという点が強調されているといえるでしょう。言い換えれば,人権には「空間的普遍性」があるということです。

 この精神は世界人権宣言第2条に体現されています。

 

 世界人権宣言第2条

1 すべて人は,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治上その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく,この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。

2 さらに,個人の属する国又は地域が独立国であると,信託統治地域であると,非自治地域であると,又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず,その国又は地域の政治上,管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない。

 

 人権闘争の歴史は,近代以降に限った話ではありません。「人権」と呼ばれる(意識される)以前からの悠久の歴史があります。係る人権闘争史の潮流から見るとき,「世界人権宣言」はわずか30条にすぎませんが,人類誕生以来の「根源的な具体的人権」が規定されているように思います。

 たしかに,「世界人権宣言」といっても,いまだ現時点においては単なる希望や決意にすぎないともいえます。現在も戦争や紛争は絶えませんし,「世界人権宣言」は気休めにもならないという諦観もあるかもしれません。

 しかし,中国の秀句に「浅きを去りて深きに就くは丈夫の心なり」という箴言があります。すなわち「人間は得てして浅はかな考えに固執してしまいがちとなり,より真理へと近づくような深い考えには抵抗してしまう。自身の内なる心理的な抵抗や恐怖,先入感等を克服し,それまでのちっぽけな自分の考えに挑戦しつつ,進取かつ柔軟な思考を深めようとする人間こそ真の勇者である」という意味です。達成しがたい頂点かもしれませんが,私たちはいまを生きる人間のために,また未来の人間のために,その宣言の完全かつ正当な履行を獲得する不断の努力を惜しんではならないのです。「世界人権宣言」には,「時間的普遍性」を持たせなければなりません。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.11.19更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 今日は平成27年11月19日,11月の第3木曜日ということで,ボジョレー・ヌーボーの解禁日です。この解禁日ですが,1951年,フランス共和国政府が公式に決めたものです。当初は11月15日と日付が固定されていたらしいのですが,日付固定ですと休日となってしまう年が出てきてしまいます。そうしますと業者が困ってしまいますので,1984年から現在のように改められたとのことです。

 わが国では,1997~98年に起こったワインブームのころから注目されるようになり,以来毎年,世界への出荷量の半分ほどがわが国に輸入されているようです。

 

 妻も当職も赤ワイン好きなため,一応恒例行事として飲むこととしているのですが,ワイン好きからしますと,実はあまり美味しいわけではありません。

 ボジョレー・ヌーボーとは,フランス南東部・ブルゴーニュ地方のボジョレー地区で作られるワイン(ボジョレー)の新酒(ヌーボー)です。シャンパンやスコッチと同じように,特定の地域で作られたお酒というものですから,一口にボジョレーといっても作り手さんの数だけ種類があることとなります。

 ボジョレー・ヌーボーは,その年に収穫されたぶどうの出来を確認するための試飲酒で,炭酸ガスを注入する急速発酵技術を用いて数週間で醸造されるそうです。だから,深味のない軽い感じの味になるとのことです。ワインメーカーやぶどう農家がその年の収穫を祝ったり,販売業者がその年の購入量を決める目安にしたりというのが,ボジョレー・ヌーボーの本来の飲まれ方なのです。あまり美味しくない理由はその辺にありそうです。

 ただ,前述のとおり,わが国の10~20倍のワインを飲んでいる国々が多数あるにも関わらず,ボジョレー・ヌーボーの輸入量においてはわが国が圧倒的に他国を上回っています。先日のハロウィン同様,ここでも日本人のイベント好きが高じているようです。

 

 今年は少し趣の違う角度からボジョレーヌーボーを味わいたいと思います。それは先日発生したフランス・パリで発生した同時多発テロの犠牲者に対するお悔やみです。エスプリの国・フランスが悲劇から立ち直ってくれることを極東の地から応援しています。

 頑張れ!フランス!

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.31更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 今日10月31日は,ハロウィンです。当職がハロウィンを初めて知ったのは,中学か高校の英語の教科書でした。「いつの間にこれだけのイベントとなったのか感」が否めないハロウィンですが,日本に定着し始めたきっかけは多々あるようです。しかし, 一番の火付け役となったのは東京ディズニーランド(以下「TDL」といいます。)が開催したハロウィンイベントであると推察します。

 TDLでは,1997年(平成9年)に初めて秋のスペシャルイベント『ディズニー・ハッピーハロウィーン』を開催しました。当初は10月31日限定のイベントだったはずです。

 これをきっかけとして,TDLにおけるハロウィンイベントの規模が年々拡大し,1999年(平成11年)には『ハッピーハロウィーン・トワイライト・パレード』を開催。約400名のゲストが仮装し,ディズニーキャラクタ―とパレードを行いました。

 2001年(平成13年)ころから10月中に開催されるイベントとして定着し始め,現在では9月上旬から10月末ころまで開催されるディズニーランドの大きなイベントのひとつとなっています。

 経済効果でいえば,クリスマスに次ぐものと成長しているそうで,日本経済の発展に寄与している事実もあります。

 

 日本では本来の由来などおかまいなくバカ騒ぎしている感のあるハロウィンですが,当職が忘れられないのは,1992年10月17日に米国で起きた悲劇です。

 1992年10月17日,米国ルイジアナ州に留学していた当時,愛知県立高校の男子生徒(当時16歳)が,寄宿先のホストブラザーとともにハロウィンのパーティに出かけました。しかし,訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため,家人(当時30歳)から侵入者と判断されて拳銃を突きつけられ,「フリーズ(Freeze「動くな」の意味です。)」と警告されたのです。

 しかし,男子生徒は,「パーティに来たんです」と説明しながら家人の方に微笑みながら進んだため,玄関先で,家人から近距離で発砲されたのでした。男子生徒は,出血死しました。

 家人は,日本の刑法でいいますと傷害致死罪に相当する計画性のない殺人罪で起訴されたのですが,ルイジアナ州の地方裁判所陪審員は,12名(白人10名,黒人2名)全員一致で無罪の評決を下したのです。

 その後行われた,遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判においては,刑事裁判とは正反対の結果となりました。家人は,家に5丁も銃を持つガンマニアであり,しばしば近所の野良犬や自宅敷地内に入ってきた犬猫を射殺している人物であったのです。しかも,当日はウイスキーをコーラ割りして飲んでいたこと,妻の前夫とトラブルを起こしており,事件の前に前夫に対して「次に来た時は殺す」などと言っていたことなどの事実も証明されたました。そのため,家人の行為は正当防衛には該当せず,殺意を持って射殺したとして65万3000ドル(当時約7000万円)を支払うよう命令する判決が下されたのです。翌年,同州高等裁判所も控訴を棄却したため判決が確定しました。

 男子生徒の両親は,友人らの協力も得て「米国の家庭からの銃の撤去を求める請願書」に署名を求める活動を開始し,米国における銃規制の重要法案であったブレイディ法が可決されたのでした。しかしその後,政権交代等により,2004年に失効となりました。

 

 米国の抱える闇を見る思いがした事件でしたが,米国の銃規制は遅々として進んでいません。その理由を知るためには,米国の出自(「しゅつじ」と読みます。ある著名な方が「でじ」と言われていたのを聴いて,目を丸くした経験があります。)を知る必要があります。それを知る書籍として当職は,神野正史著『世界史劇場・アメリカ合衆国の誕生』(ペレ出版・2013年)が好著であると思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.27更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日10月27日は,「文字・活字文化の日」ですが,その根拠条文は,文字・活字文化振興法(平成17年7月29日法律第91号)第11条第1項及び2項です。

 本日から2週間「読書週間」となっています。

 

 第1回の「読書週間」は,終戦間もない昭和22年(1947年)にまで遡ります。いまだ先の大戦の戦火の傷痕が至る処に残っているなかで,「読書の力によって,平和な文化国家を作ろう」との決意のもと,出版社・取次会社・書店と公共図書館,そして新聞・放送のマスコミ機関も加わって,11月17日から,第1回「読書週間」が開催されました。

 その時の反響はすばらしく,翌年の第2回からは期間も10月27日~11月9日(文化の日を中心とした2週間)と定められ,この運動は全国に拡がっていきました。

 そして「読書週間」は,日本の国民的行事として定着し(来年は記念すべき70回を迎えます。),わが国は世界有数の「本を読む国民の国」となりました。

 現在,電子メディアの発達によって,世界の情報伝達の流れは,大きく変貌しようとしています。しかし,その使い手は人間です。どんな本を持ち,どんな文章を読んでいるか。それが人格をつくり,人生の背骨となっていくのです。その必須アイテムこそ「本」であると確信します。

 当職の仕事も言葉を操る職業の一つです。言葉に生きる人生といえば,すこしかっこよすぎでしょうか。ブラジルの作家モンテイロ・ロバット(1882-1948)の箴言に,「国家は,人間と良書で建設すべきである」とあります。「良書と親しみ,悪書は遠ざけよ」,これが古今東西の偉人・賢人の一つの結論です。

 当職も良書を求めて,リアルはもちろん,バーチャルの書店を日々さまよっております。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.26更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 気圧配置が西高東低の冬型となり,季節風が強まった影響により,気象庁は平成27年10月25日,東京で冬の訪れを告げる「木枯らし1号」を観測したと発表しました。観測は24日夜であり,昨年より3日早かったこととなります。

 気象庁によりますと,東京で24日午後11時54分,最大瞬間風速13.3メートルの北北西の風を観測したそうです。

 

 木枯らしが吹きますと,当職は小泉今日子さんの名曲『木枯らしに抱かれて』(作詞・作曲は高見沢俊彦さんです。)を思い出すとともに,『星落秋風五丈原』(ほしおつしゅうふうごじょうげん)を思い出します。

 

 『星落秋風五丈原』は,土井晩翠による新体詩であり,明治31年(1898)に発表された長編叙事詩です。

 七章349行に構成されており,諸葛亮孔明が五丈原に病没するまでの生涯を描き,その忠義を謳歌しています。正に晩翠の最高傑作であり,発表された当時は広く暗誦されたといわれています。作者不詳の歌もありますね。

 

 祁山(きざん)悲秋の 風更けて 陣雲暗し 五丈原

 零露(れいろ)の文(あや)は 繁くして 草枯れ馬は 肥ゆれども

 蜀軍の旗 光無く 鼓角(こかく)の音も 今しづか

 丞相(じょうしょう)病 あつかりき

 

 『三国志演義』のクライマックスシーンである諸葛亮の最期の場面。天に叫び,地に悲しむ,諸葛亮の痛烈な叫びが聞こえてきてなりません。

 それは,塗炭の苦しみにあえぐ民衆を救わんとする,まことの使命を自覚した者の責務と辛さといえましょう。諸葛亮の命は風前のともしび。蜀軍は勝ち目なく敗色濃厚。しかし,このままで今,死ななくてはならない。この時の諸葛亮の無念が,今日(こんにち)も生きつづけています。

 

 嗚呼五丈原 秋の夜半 あらしは叫び 露は泣き

 銀漢(ぎんかん)清く 星高く 神祕の色に つゝまれて

 天地微かに 光るとき 無量の思 齎(もた)らして

 「無限の淵」に 立てる見よ 功名いづれ 夢のあと

 消えざるものは たゞ誠 心を盡し 身を致し

 成否を天に 委(ゆだ)ねては 魂遠く 離れゆく

 

 高き尊き たぐいなき 「悲運」を君よ 天に謝せ

 青史の照らし 見るところ 管仲樂毅 たそや彼

 伊呂の伯仲 眺むれば 「萬古の霄(そら)の 一羽毛」

 千仭翔(かく)る 鳳(ほう)の影 草廬にありて 龍と臥し

 四海に出でゝ 龍と飛ぶ 千載の末 今も尚

 名はかんばしき 諸葛亮

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.09.08更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日は,平成27年度の司法試験の合格発表の日です。それに合わせるように,昨日,今年の司法試験の内容が漏えいした問題がニュース報道されました。法務省は本日(9月8日),「司法試験考査委員」を務めていた明治大学法科大学院の憲法学の教授(以下「明治大教授」といいます。)が,試験前に教え子の受験生に問題の内容を漏らしていたと発表しました。

 

 あらためていうまでもありませんが,司法試験考査委員は,非常勤の国家公務員として守秘義務が課せられています。法務省の司法試験委員会は,本日,国家公務員法違反(守秘義務違反)の被疑事実で,先の明治大教授を東京地方検察庁に告発しました。

 法務省の調査に対し,明治大教授と受験生は漏えいの事実を認めており,同省は同教授を考査委員から解任したそうです。告発を受けた東京地検特捜部は,漏えいの経緯などについて本格的に捜査を始めたようです。

 法務省などによりますと,明治大教授は作成に関わった憲法の論文式試験第1問の出題内容を,今年5月の試験前,教え子の20代女性に漏らしたとのことです。漏えい先はこの女性1人で,同省は女性を採点の対象から除外するとともに,今後5年間,司法試験などを受験することを禁止する行政処分を行ったそうです。この処分により,女性は司法試験の受験資格を失うこととなります。

 明治大教授は,自分が作問に関わった憲法についての論文式試験の内容だけでなく,解答する上で必要な論述のポイントまで,事前に教えていたということも分かっているようです。論文式試験の採点が始まると,この女性の答案だけが「情報漏えいがなければ作成困難」な内容だったそうであり,疑問に感じた別の考査委員が情報提供し,法務省が調査に乗り出したそうです。

 

 「司法試験考査委員による試験問題漏えい事件」は,忘れたころにやってくる感じで問題が発生します。最近ですと,司法試験考査委員だった元慶応義塾大学法科大学院教授が,平成19年,実際の出題に類似した論点を試験前の学生に説明していたという事件がありました(この慶応大教授は不起訴処分となっています。)。

 その後,法務省はこの問題を受け,法科大学院で教授などを務める学者と,弁護士や裁判官などの実務家がほぼ半数ずつだった司法試験考査委員の割合について,翌平成20年の試験から学者枠を減らすなど再発防止に取り組んでいました。

 

 ある司法試験考査委員が,「その後は問題漏えい対策を強化していたはずなのになぜこんなことが起きたのか,信じられない」という趣旨の発言があったことを紹介している報道もありましたが,「『ありえない』なんて事(こと)はありえない」(英語ですと"Nothing is impossible.")(by 荒川弘さん原作の漫画『鋼の錬金術師』に登場するホムンクルス・グリードの言葉)と肝に銘じるべきです。また,尾田栄一郎さん原作の漫画『ONE PIECE』にも,「人が空想できる全ての物事は起こりうる現実である」との言葉が出てきます。

 今回の問題は,平成19年の漏えい事件とは比較にならないほど,「司法試験の公正性」を揺るがす問題に発展しそうです。「氷山の一角」にすぎないということにならないようにしていただきたいと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

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