弁護士ブログ

2017.09.08更新

「生命は尊貴である。一人の生命は,全地球より重い。」

この一文はある小説のものでも,ある哲学者の名言でもありません。実は,日本国憲法の主旨と死刑制度の存在は矛盾せず,合憲であると判断した最高裁判所の判決の一節なのです(最大判昭和23年3月12日 刑集2巻3号191頁)。

現在の日本国憲法において大審院は最高裁判所に生まれ変わりました。そして,最高裁判所設立された当初の10年間は,合議における多数意見と少数意見の白熱した議論がかなり過激に表現されていました。場合によっては行き過ぎてしまい「少数意見制度の濫用」と批判されるものすら生じました。
憲法学者であり後に最高裁の裁判官となられた伊藤正己先生は,著書『裁判官と学者の間』において,「少数意見制は,ときに不当とみられる用い方をされるおそれがあるといわれる。その一つの例は,もっぱら個人的感情を露呈し,自己と異なる意見を論難し,さらに特定の裁判官の名を示して罵倒するようなものである。(中略)我が国の最高裁にあって,初期の不慣れな時期にこの種の少数意見が散見され批判を呼んだ」(伊藤正己著「裁判官と学者の間」74頁)と説明されています。
現在では,反対の意思を強く表現する場合でも「(多数意見には)到底賛同できない」という程度のものが多いですが,当時はまったく違ったのです。


●荒ぶる齋藤悠輔最高裁判事!


このような少数意見のなかでもとくに過激な最高裁判事の代表の一人として,齋藤悠輔最高裁判事(以下「齋藤裁判官」といいます。)をあげることができます。
まずは,荒ぶる齋藤裁判官の代表的な意見をご覧ください。


食糧管理法の大法廷判決に従った多数意見に反対し,「この大法廷の判決は,一見頗る常識に富んだ尤もな議論のようにも見える。しかし,それは,飽くまでも目先のことであって,その実極めて浅薄な謬論である(中略)わたしは,前記大法廷判決には声を大にして反対する。最高裁判所の裁判というのは,もつと大所,高所からすべく,より毅然たるべきであると信ずるからである。」(最判昭和26年12月27日刑集5巻13号2657頁)


詐欺の起訴状に前科等の余事記載があったことについて,これは違法で治癒不能とした多数意見に対し,「(起訴状一本主義を定める刑訴法256条)六項の規定だけを根拠として直ちに多数説の説くがごとき結論は絶対に生じない。(中略)(多数説は)山鳥の尾の長々と,いかにも尤もらしく説明している(中略)(しかしながら,)多数説は,重要である後者と重要でない前者とを混同する詭弁(に過ぎない)(中略)多数説の力説するがごとくこれを以って,いわば綸言汗のごとき治癒不能の違法であると見るのは浅見,迂遠も甚だしい(中略)多数説は極めて窮屈な形式論であつて,抑も裁判は証拠によるべきものである大原則を忘れ,裁判官自らを殆ど人形乃至奴隷視するものといわざるを得ない」(最判昭和27年3月5日刑集6巻3号351頁)


差戻し後の控訴審判決がその破棄された前判決との関係においても不利益変更禁止の原則に従うべきものとした多数意見を批判し,「(多数意見をとってしまった場合のように,)原裁判所が折角その(差戻しを命じた上告審判決の)命令に従って詳細に事実審理をした結果犯罪事実並びに犯情に前の判決と異なった結果を生じたと認めてこれに適当する刑を科しても,次の上告裁判所では同一事件に対し出し抜けに刑だけは前の判決よりも不利益に変更してはならない,変更したら旧刑訴452条(注:不利益変更禁止の原則)の精神に反し違法で御座るというがごときは全く上告裁判所の横暴,無理というものであって,下級裁判所としては到底納得し得ないところといわなければならない。されば,多数説は,法理と常識と下級裁判所を無視したいわば安価な慈善的上告勧奨論であって,反対せざるを得ない」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1363頁)


執行猶予を言い渡された犯罪の余罪について更に執行猶予を言い渡すことができるかについて「できる」と判断した多数意見を批判し,「(多数意見のような)微視的な恣意的解釈論には賛同できない」(最判昭和28年6月10日刑集7巻6号1404頁)


いかがでしょうか。過激ですね。その最たるものは次の意見です。


銃砲火薬取締法が既に失効したとした多数意見について,「そのような戦後派的考え方は,わが国の従来の立法形式を理解しない極めて浅薄な考え方といわなければならない。(中略)(地方自治法が与えた委任の範囲と,銃砲火薬取締法の委任の範囲を比較して)この新しい自治法の規定に目を蔽い,ひたすら彼の旧い法律八十四号だけを非難するがごときは,驚くべき偏見であり,笑うべき自己矛盾というべきである。(中略)(多数意見のいうような)一部の罰則規定だけは,或る期限で失効し,一部の禁止命令だけは,その後も依然法律と同一の効力を以って存続し,かくて制裁の伴わない禁止命令だけを徒らに空しく叫び続けるというようなことは,常識からいつても,また,右法律七十二号を熟読玩味しても,到底了解することはできない。(中略)多数説は無理であり,曲解であると言わざるを得ない。」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1346頁)

さすがにここまで言われて多数意見の裁判官(残りの裁判官すべて)も黙ってはいません。多数意見の裁判官のうち,河村又介裁判官と入江俊郎裁判官は補足意見を出しました。


「齋藤裁判官は誤解している」(最判昭和27年12月24日刑集6巻11号1346頁)


…何も言えません。


●そしてクライマックスへ――


齋藤裁判官の意見がその過激さの頂点に達したのは,尊属傷害致死罪を合憲とした多数意見の立場から,尊属傷害致死罪を違憲とする穂積重遠最高裁判事,真野毅最高裁判事(以下「真野裁判官」といいます。)に対して齋藤裁判官が述べた意見でしょう。


「 少数説に対しては特に世道人心を誤るものとして絶対に反対(する)(中略)真野説は,勢頭米国連邦最高裁判所に掲げられている標語や国際連合人権宣言を由ありげに引用している。だが,悲しいかな,米国各連邦では,必ずしも法律が同一でなく,従って,かかる異なる法の下における実際上の正義が平等であり得ないことはいうまでもない。しかのみならず,米国には人種による差別的法律の多数存在することは,世界周知の事実である。さすればこそ米国連邦最高裁判所においては特に標語として論者引用の四字(Equal Justice Under Law)をかの真白の大理石深く刻んでおく必要があるのであって,我憲法上段鑑とするは格別毫も模範とするには足りないものである。
(中略)
わが憲法十四条を解釈するに当り冒頭これらを引用するがごときは,先ず以って鬼面人を欺くものでなければ羊頭を山懸げて狗肉を売るものといわなければならない。以下の論旨については前に一,二触れたものであるが要するに民主主義の美名の下にその実得手勝手な我儘を基底として国辱的な曲学阿世の論を展開するもので読むに耐えない。」(最判昭和25年10月11日刑集4巻10号2037頁)


さすがにこのような攻撃は,その激しすぎる言葉づかいゆえ,裁判官訴追委員会の調査が行われたそうですが,結局不訴追となったそうです。後日談ですが,東京第二弁護士会広報委員長(当時)が真野裁判官に対し,「齋藤先生と灰皿を投げ合って論争したというのは本当ですか?」と聞きますと,真野裁判官は「そんなことはしない。六法全書を投げ合ったんだよ」と答えたというエピソードが残っているそうです。


● よりよい裁判制度への情熱ゆえに


上記のような 行き過ぎはあったかもしれませんが,それもひとえによりよい裁判を目指すための情熱ゆえであったのではないかと思います。

真野裁判官はつぎのような意見を残しておられます。


「戦後のあわただしい法制の変革を大観するとき,われわれの最も注意しなければならないことの一つは,プラグマティズムの哲学思想が,法令のそこここに採り入れられ,時の鐘がわれわれの迷夢を破ろうとしている現実を感得することができる。手近に二,三の例を拾ってみよう。(一)まず,最高裁判所の「裁判書には,各裁判官の意見を表示しなければならない。」(裁判所法第一一条)と規定された。従前は長い間一元論的な哲学思想の流れをうけて,裁判というものは是が非でも無理やりに一本に纏め統一ある姿に仕上げなくてはならぬものとされていた。しかるに,ここには,各裁判官の意見が,現実の問題として互いに相岐れた場合には,無理に一つに纏めず,現実が多元的である以上その多元性をそのまま率直に認めて行こうとされたのである。これはまさにプラグマティズムの思想である。(中略)米国においては,卓越した裁判官の示した幾多の優れた少数意見が,やがて数年,十数年,数十年の後には,多数意見となり,ロー・オブ・ザ・ランドとなっていったことは,すでに多くの経験の実証するところである。私は,この制度が,わが司法の進歩と発展に貢献するところ多いことを信じて疑わない。」(最判昭和24年5月18日刑集3巻6号794頁)

投稿者: 弁護士濵門俊也

2017.08.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


今日8月15日は日本の一番長い日「終戦記念日」です。「終戦」といいますが,実際は「敗戦」です。敗戦後,わが国は「日本国憲法」を制定(手続的には「大日本帝国憲法」を改正)しましたが,戦後70年を超えその価値は広くわが国で受け入れられています。

この「日本国憲法」については,「日本国憲法はアメリカから押し付けられたものである」という議論があります。果たしてそのような議論はあり得るのでしょうか。
この点について,平成22年(2010年)に小林秀雄賞を受賞された加藤陽子著『それでも,日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)という本のなかに,興味深いお話が載っています。それは,18世紀の思想家・ルソーが20世紀の戦争における戦後処理がどうなるかということを見通していたというお話です(文庫版p49以下)。

 

加藤先生は,長谷部恭男著『憲法とは何か』(岩波新書)を引用され,ルソーの「戦争および戦争状態論」という論文にある「戦争は国家と国家との関係において,主権や社会契約に対する攻撃,つまり,敵対する国家の憲法に対する攻撃,というかたちをとる」との言葉を紹介されています。


【文庫版p50~p52を引用始め】
ルソーは考えます。戦争というのは,ある国の常備兵が三割くらい殺傷された時点で都合よく終わってくれるものではない。また,相手国の王様が降参しましたと言って手を挙げたときに終わるものでもない。戦争の最終的な目的というは,相手国の土地を奪ったり(もちろんそれもありますが),相手国の兵隊を自らの軍隊に編入したり(もちろんそれもありますが),そういう次元のレベルのものではないのではないか。ルソーは頭のなかでこうした一般化を進めます。相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいるのです),これに変容を迫るものこそが戦争だ,といったのです。
相手国の社会の基本を成り立たせる秩序=憲法にまで手を突っ込んで,それを書きかえるのが戦争だ,と。とても簡単にいってしまえば,倒すべき相手が最も大切だと思っているものに根本的な打撃を与えられれば,相手に与えるダメージは,とても大きなものになりますね。こう考えれば,ルソーの真理もストンと胸に落ちます。第二次世界大戦の,無条件降伏を要求する型の戦争を,何故か十八世紀の人間であるルソーが見抜いている。本当に不思議なことです。
第二次世界大戦の終結にあたっては,敗北したドイツや日本などの「憲法」=一番大切にしてきた基本的な社会秩序が,英米流の議会制民主主義の方向に書きかえられることになりました。ですから,歴史における数の問題,戦争の目的というところから考えますと,日本国憲法というものは,別に,アメリカが理想主義に燃えていたからつくってしまったというレベルのものではない。結局,どの国が勝利者としてやってきても,第二次世界大戦の後には,勝利した国が敗れた国の憲法を書きかえるという事態が起こっただろうと思われるのです。
【以上,引用終わり】


いかがでしょうか。当職は初めて上記文章に出遭った時唸りました。まさに目から鱗が落ちる状態でした。ルソーの戦争定義からすると,近現代では戦争に負けたら憲法を変えられてしまうことは当然のことであり,歴史的必然であるということとなります。国家にはそれぞれの「正義」があり,政治の続きの先に戦争があるわけですが,戦争に敗れてしまえば,結果として憲法を書きかえられてしまうわけです。
そのように考えますと,押し付けかどうかといった議論は不毛であるといわざるを得ません。問題はその中身のようです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.12.13更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


ニュース報道によりますと,東京都千代田区の区立中学校において,東京電力福島原発事故のため福島県から自主避難している生徒が,同学年の3人に「おごってよ」などと言われ,お菓子など計約1万円分をおごっていたことが分かったそうです。本人と母親が学校に申告し,判明したといいます。
新聞社の取材に応じた生徒の話によりますと,昨年夏ごろから一部の生徒に「避難者」と呼ばれるようになり,「福島から来たからお金ないんだろ」「貧乏だからおごれないの?」「避難者とばらすよ」などと言われ,今年になってコンビニエンスストアでドーナツやジュースなどをおごらされるようになったといいます。出たゴミは「あげるよ」などとかばんに詰め込まれたそうです。教科書やノートがなくなり,教室の隅でページの一部がない状態で見つかったこともあったといいます。
生徒は「小学校のときから『菌』『福島さん』といじめられてきたので知られたくなかった。お金で口止めできるのならそれでいいと思った」と話しています。
先日も横浜市や新潟市で同様のいじめがあったことが報道されていましたが,報道に接し,胸が苦しくなります。悲しくなります。「いじめはいじめる方が100%悪い」との思想がまだまだ浸透していないことを痛感いたします。


去る12月10日は「世界人権デー」でした。昭和23年(1948年)12月10日,第3回国連総会で「世界人権宣言」が採択されたのが淵源です。翌年,わが国は12月4日から10日を「人権週間」と定め,毎年,各地で啓発活動に取り組んでいます。
その取り組みの一環として,つぎの言葉のポスターがSNS上で話題となりました。
「わたしの『ふつう』と,あなたの『ふつう』はちがう。それを,わたしたちの『ふつう』にしよう」。
これは,本年の「人権週間」を前に,愛知県が作成し,県内の鉄道駅などに掲示したものです。人権問題について,高齢者,女性,性的少数者,障害者などテーマごとに漫画で描かれており,「分かりやすい」「考えさせられた」と評判を呼んでいます。

法務省は本年,人権啓発のための17の強調項目を発表しました。女性,子ども,高齢者の人権を守り,少数者への偏見・差別などをなくそうと訴える内容です。裏を返せば,項目の多様さは,課題が山積していると見ることもできます。

人間は往々にして,“多数派”とは異なる「ちがう」人や,自分が思う「ふつう」から外れた「ちがう」人を,奇異に見たり,見下したりしがちなところがあります。しかし,それが「まちがい」です。「ちがい」を受け入れ,「まちがい」にしない不断の努力が人権を護ることとなるのです。

古代インドに出現し,仏教を創始したとされるゴータマ・ブッダの言葉に「人の心に見がたき一本の矢が刺さっているのを見た」とうものがあります。この矢とは「差異へのこだわり・執着」であるといえます。このような自分の内なる“差別意識”を克服することが重要となるはずです。

「世界人権宣言」の原題は,直訳すれば「人権の普遍的宣言」です。この普遍性とは,“すべての国や地域”“すべての人”を指すことはいうまでもありません。そこに「時間」という普遍性・永遠性を加えましょう。
毎年やってくる「12・10」を機に,あらためて,自分にできる行動が何であるかを考えます。「善きことはカタツムリの速度で動く」とは,インド独立建国の父であるマハトマ・ガンディの言葉です。ゆっくりと着実に,希望をもって前に進みましょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.11.04更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 昨日は,「文化の日」でしたが,日本国憲法公布70年の佳節でもありました。そして,日本国憲法公布70年の今秋,一冊の本が復刻出版されました。
 タイトルは,『復刻新装版 憲法と君たち』(時事通信社刊)。著者は,著名な憲法学者である佐藤功先生(1915-2006)です。気鋭の憲法学者である木村草太首都大学東京教授(木村先生はようやく教授になられたのですね。この本で知りました。)の詳しい解説が付いています。


 佐藤功先生は,新たな憲法をつくる「憲法問題調査委員会」の補助員や内閣法制局参事官として日本国憲法の制定にかかわった「憲法の生みの親」の1人ともいえる先生です。発刊は60年以上前ですが,「君たちひとりびとりにお話をするつもりでこの本を書きました」とあるように,この本の中で,佐藤功先生は子どもたちに憲法の原理と精神をやさしく,語りかけるように解説しています。

 前半は歴史の読み物のようでもあります。マグナ・カルタ,アメリカの独立宣言,フランス革命,リンカーン…。平和主義,民主主義,人権尊重といった近代憲法の三つの理想が闘いの中で勝ち取られたことを説明しています。
 そして,「生みの親」は日本国憲法の成り立ちについて説いていきます。

 「この今の憲法が…日本が新しい国として生まれかわるために,新しい理想をはっきり定めようとしてつくられたものだということはわすれてはならない」

 「もしもマッカーサー元帥が,こういう憲法をつくれということを命じなかったとしても,二どと戦争をくり返さず,国民の考えに反した政治がおこなわれず,また国民の自由がおさえつけられない,そういう新しい国として生まれかわるというために,今の憲法のような憲法がどうしてもつくられなければならなかったのだ」

 基本的人権,民主主義についてはこれまで日本が世界から後れていて,日本国憲法で追い付いたと説明した後,佐藤功先生の言葉には力がこもります。「だけど,平和だけはちがう。戦争放棄の点だけはちがう。それはほかの国ぐにはまだしていないことなのだ。それを日本がやろうというわけだ」

 佐藤功先生は,終戦直後の停電の中,短い,そして暗いろうそくの下でペーパーを書いたそうです。「それにもかかわらず当時の私は,新しい憲法の精神や原則によって鼓舞され,そして非常にやりがいを感じた…」と後に記しておられます。


●『憲法と君たち』の予見と現在との符合


 佐藤功先生が,『憲法と君たち』を書かれた昭和30年(1955年)は,自由民主党が結成された年です。
 日本国憲法公布から4年後の昭和25年(1950年),朝鮮戦争が勃発。わが国も再軍備の是非が論じられ,結果,警察予備隊が発足しました。昭和27年(1952年)には,日本国憲法施行の年に発行された文部省中等科教材「あたらしい憲法のはなし」の発行が停止になったのです。
 東西冷戦が朝鮮半島で「熱い戦争」となり,冷戦の陣営の対立は厳しさを増し,わが国では改憲を求める声が強まっていました。当時は連合国軍総司令部(GHQ)の「押し付け」でなく自主憲法を制定すべきだとの改憲派と護憲派の緊張関係が高まっていたのです。「自主憲法制定」を党是とする自由民主党もそのような背景のなか結党されました。
 佐藤功先生が,日本国憲法が空洞化してしまうのではないかとの強い危機感をもっておられたことが推測されます。
 上記の状況は,決して過去のものではありません。東西冷戦構造こそなくなりましたが,わが国を取り巻く環境は極めて抜き差しならないものとなっています。戦争のかたちも「テロとの戦い」にシフトし,本来「ランドパワー」の大国が「シーパワー」まで手に入れんとする状況もあります。

 第4章「憲法を守るということ」の記述は,未来を予見しているともいえるものですが,何か現在の状況と不思議な符合がみられるように思います。

 「多数決というやり方も,絶対に正しいやり方だとはいえなくなる」。少数の意見の方が正しいこともある。多数党が,少数党の意見を聴かずに数で押し切るのは,形の上では議会政治だが昔の専制政治と同じだ,として「決をとるまでの議論」の大切さを説きます。
 「憲法を守らなければならないはずの国会や内閣が,かえって憲法をやぶろうとすることがある。事情がかわったということで,憲法がやぶられようとする場あいがある。また,へりくつをつけて,憲法がつくられたときとは別のように憲法が解釈され,むりやりにねじまげて憲法が動かされるということがあるわけだ」
 では誰が憲法を守らせるのか。佐藤功先生は巻末で60年前の子どもたちに「よかったら君たちも声をあげて読んでくれたまえ」と前置きして一つの言葉を残しています。


 「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る」

 

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.10更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 平成28年8月8日(月)午後3時,天皇陛下が生前退位の意向をにじませるお気持ちを表明されました。あのテレビ東京(皆さんご存知のとおり,この局は「右にならえ」ではなく独自の路線を貫く絶対ブレない放送局です。)を含めた在京のテレビ局全局が天皇陛下のおことばを放送し,まさに「平成の玉音放送」となりました。
 戦後制定された日本国憲法は,天皇の立場を大日本帝国憲法下の「国家元首」「統治権の総攬(そうらん)者」から,「日本国…日本国民統合の象徴」へと大きく変えました。国政への権能はもたず,内閣の助言と承認のもとに国事行為を行う存在となりました。即位した時から象徴天皇であられた天皇陛下が,昨日のおことばにおいても,新しい象徴天皇としての望ましい在り方を模索し続けてこられたことが語られました。天皇陛下は,全身全霊をこめて務めに当たられ,天皇の務めとして何より大切なのは「国民の安寧と幸せを祈ること」と明かされました。皇后陛下と共になされた全国各地への旅も,国民との相互理解や国民と共にある自覚を育てる「天皇の象徴的行為」であったとも述べられています。
 さて,天皇陛下のおことばですが,憲法学上は「天皇のおことばの合憲性」が争われています。そこで,今回はそのことについて説明をしてみます(なお,以下では憲法学の論点を説明しますので,敬称は略します。)。

 

●天皇の行為についての概説


 天皇の行為には,国事行為と私的行為があることについて争いはありません。それ以外に公的行為という概念を認めるか否かについて,主に天皇の国会開会式での「おことば」の合憲性を巡って争われてきました。

1.国事行為

 日本国憲法(以下省略します。)4条1項前段には,「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ(4条1項前段)」と規定され,6条,7条によってその具体的行為が限定列挙されています。これらを国事行為といいます。国事行為の中にはいかにも君主らしい統治権の行使と思われる事項も含まれており,上記の規定しかなければ「君主の権能」を限定して形式化する通常の立憲君主制といえます。しかし同時に「国政に関する権能を有しない(4条1項後段)」との文言が規定されているため,それらが君主としての権能の行使であることが否定されています。この点が通常の立憲君主制との違いとなります。
このように天皇は「内閣の助言と承認」に従い日本国と日本国民を象徴して国事行為を儀礼的に行う機関であり,内閣の「助言と承認」を拒否することはできず,その行為については内閣が「責任を負ふ」のです。国事行為は実質的に内閣の責任で行っているのであり,天皇はその指示に従って形式的儀礼的に行為しているだけの存在というわけです。

2.私的行為

 天皇も人間であるわけですから,私的な領域があることについては異論がありません。日本国憲法がそれについて規定していないのは,いわば当然の前提であるからだと考えられています。

3.公的行為

 日本国憲法に限定列挙された国事行為ではなく,さりとて私的行為とも言い切れない「公人」としての振舞いを公的行為といいます。主に天皇が国会の開会式で「おことば」を述べる行為が,合憲(公的行為肯定説)か違憲(公的行為否定説)かをめぐって争われてきました。「おことば」朗読以外の公的行為としては,外国元首の接待や親書・親電の交換,国内巡幸,国外公式訪問,国体・植樹祭などへの行事参加,園遊会,正月一般参賀などがあります。
現在,当たり前のように行われている「公的行為」ですが,実は憲法解釈上はかなり危うい理屈の上に立っているといえる状況なのです。

 否定説(少数説)の立場からすれば,上記「公的行為」はすべて憲法違反であり,天皇の政治過程への参加ということになります。ただし肯定説(通説)の立場も,天皇の行為を安易に拡大することを容認しているのではなく,内閣の判断(=助言と承認)によるならば認められると構成することで,天皇の行為に事実上の公的な領域が生ずることを認めつつも,その範囲を限定し,かつそれに主権者である国民のコントロールを及ぼすことによって,「国政に関する権能を有しない」という憲法の規定との整合性を図ろうとしているという動機がある点にも注意が必要です。

 

●学説の状況
 
 学説の整理にあたって,「公的行為説」が通説であるということにかんがみ,できるだけ分かりやすく分類してみます(ちなみに,司法試験的には短答式試験で問われ得る論点ですから,一通りは学習します。)。
まず,そもそも公的行為という概念を否定し,天皇のこれらの行為を憲法違反とする解釈があり,これを「公的行為否定説」(A説)とします。つぎに,通説である公的行為説(B説)ですが,これはその理由付けとして,「象徴行為説」(B1説)と「公人行為説」(B2説)とに分かれます。最後に,「公的行為」というような概念を認めない(使わない)点では否定説と同じですが,これら天皇の行為を認める結論は通説と同じという諸説を,便宜上「中間説」(C説)とします。

 

●A説 公的行為否定説

 

 憲法解釈としては非常にすっきりしています。要するに天皇が公人としてできることは,すべて憲法に規定されていることを前提として,どうしてそれ以外の行為を勝手に書き足すんですかという疑問に立っています。また,憲法解釈上だけではなく現実問題としても,そんな勝手なことを認めれば,その範囲が少しずつ拡大していくのではないか,やがてはまたしても戦前のように,天皇(制)は体制側による「国民支配の道具」として機能するようになるのではないかという懸念を有している説です。

 

●B説 公的行為肯定説

 

 しかし,国民的にも式典への皇族出席などが,すでに意識として定着している現状を重視しますと,なかなかA説によることは難しいでしょう。そこで,憲法制定から間もない初期に,「これは内閣の関与を必要とする私的行為である」という「旧私的行為説」(以下「旧説」といいます。)がひねり出され,これが当初の多数説になっていた時期もありました。

 しかし,「内閣の関与が必要で,天皇の私的な判断が許されないものを,もはや『私的行為』とはいえないのではないか」という当然の疑問が生じます。また,憲法外の天皇の行為を無制限に認めてしまいかねないという批判もありました。
そこで「公的行為」という概念を天皇の行為として認めてしまうかわりに,天皇の私的判断は反映されない「公務」と規定し,国事行為と同じく内閣の助言と承認を必要とするという枠をはめる新説が出てきます。

 すなわち,B説の論者は,天皇の行為には,国事行為以外に公的な性格のものが出てくるのはやむを得ないという,ゆるやかな前提に立ちます。その現実を認めたうえで,そういう天皇の公的行動から,天皇個人が私的な判断で行動する余地をなくし,内閣のコントロール下に置く中庸な説であるといえるでしょう。

 また,B説によった場合,「公務」とすることで,そのための予算はすべからく,皇室予算である宮廷費から支出されることとなります。私的行為であるとしますと天皇の私金である内廷費からも支出することが許されてしまい,そうなると監査にかからず,支出について国会がコントロールすることができなくなります。宮廷費なら会計検査の対象になるので,常に国会が使途についてコントロールし,事後審議することが可能になるという点で,旧説に対するB説の優位性があるといえます。

 さて,この公的行為という概念を認める通説であるB説の中でも,その理由づけとして主に二説あります。どちらが多数説かは基本書によってはっきりしないところがあります。

 

●B1説 象徴行為説

 

 まず一つ目の理由づけは,憲法は天皇を「象徴」としているのだから,その「象徴」の行動が多少の公的な性質を有してしまうことはやむを得ない,別の言い方をすれば,天皇の憲法上の地位(象徴)を根拠として公的行為を説明するのが「象徴行為説」です。
 ただしこの説には,憲法が(ひいては国民が)天皇に授権した「象徴」という地位に,その内容を越えた過大な意味を付与している,あるいは公的行為として許される範囲がどこまでか明確に限定できないなどの批判があります。

 

●B2説 公人行為説

 

 そこでもう,すっぱりと「象徴」という規定から切り離して,天皇は「公人」なのだから,その公人が日常で当然に行う社交的,あるいは儀礼的な行為ということでいいではないかというのが「公人行為説」です。
 しかしこの説によりますと,象徴行為説以上に「そもそも公的行為ってなんですか,その範囲はどこまでですか」ということがますます曖昧となって,ほとんど何でもありとなりかねないという弱点があります。

 

●C説 中間説

●C1説 国事行為説

 

 つづいて,天皇には私的行為と国事行為しかないことを前提として合憲性を論じる中間説(C説)があります。まず,「国事行為説」(C1説)を紹介します。たとえば外国元首の接待などは私的な社交儀礼として,国会開会式での「おことば」は7条10号の「儀式を行ふ」に該当する国事行為として認めるというのが「国事行為説」です。
 しかし,この説によった場合,理論的に(文理的な解釈として)無理があるという批判がされています。

 たとえば,憲法学で最大の論点とされてきたのは,国会開会式での「おことば」の合憲性なわけですが,開会式という「儀式を行ふ」のは天皇ではなく,国会の長である衆議院議長(不在の場合は参議院議長)です。天皇は最高裁判所長官などと共に議長に招かれて出席している来賓にすぎません。これを7条10号に含めるのはいかにも無理があります。結局は「行う」に「参加する」を含めてしまえばよいということにしかならず,学者が憲法を解釈する立場として,国家の権限をこのように無限定に拡大解釈するのはいかがなものか,それは他の条項にも影響をおよぼしてしまうという観点からも批判されています。

 ちなみに,「国会を召集する」に含めればよいのではとお考えになられた方もおられるかもしれません。しかし,召集行為は具体的には議員に「国と国民を象徴して」通知状を発する行為までを指しています。すでに召集が終わってしまった段階での「おことば」朗読までそれに含めることは,「儀式を行ふ」に含めるより以上に文理解釈上無理があると思われます。そのため,さすがにわざわざそう主張している憲法学者を見たことはありません。

 

●C2説 準国事行為説

 

 そこでこの文理上の無理を回避するため,これらの公的な行為は,国事行為に密接に関連した付随的な行為であるから認められるという説が唱えられます。すなわち,公的行為や私的行為なのではなく,「国事行為の一環」であると規定するのであり,かかる説を「準国事行為説」といいます。たとえば,外国元首の接待は国事行為の「外国の大使及び公使を接受すること」に付随する行為であり,開会式での「おことば」は,同じく「国会を召集すること」の付随業務であると構成するのです。
 しかし,この説に対しても,どこまでが天皇に許される「国事行為と密接に関連した行為」かその範囲が明確でないという批判があります。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.12.23更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 女性にのみ離婚後6か月間,再婚を禁止している民法第733条第1項について,最高裁判所大法廷は「100日を超える部分は憲法違反」という判決を下しました。判決が下された当日となる平成27年12月16日,法務省はさっそく,離婚後100日経過した女性について婚姻届を受理するよう,全国の自治体に通知を出しました。法律が改正される前に,行政が運用を見直すスピード感のある動きといえましょう。

 ここで一つの疑問が生じます。法改正を待たずに,行政が運用を変えることは問題ないのでしょうか。

 

●実は「違憲とされた法律は無効」とはならない?!

 憲法学においては,「違憲判決の効力」という論点があります。すなわち,最高裁判所により法律が憲法に違反するとした違憲判決が出された場合,その判決の効力は,法律を一般的に無効とするのか(一般的効力説),それとも法律は当然には無効にはならないのか(個別的効力説)という問題です。

 わが国の憲法学の通説は,最高裁判所により違憲判決が下された場合であっても,その判決はその裁判の当事者間にのみ効力が生じ,違憲とされた法律は当然に無効とされるものではないという個別的効力説を採用しています。

 個別的効力説からすると,上記の民法第733条第1項が規定する女性の再婚禁止期間の「100日を超える部分」を憲法違反とする判決の場合も,国会の法改正がなければ,民法第733条第1項の規定そのものは変わらないという帰結となります。

 

●法改正の前に「通知」が出された理由

 そうしますと,法律の規定そのものは活きているということとなります。行政は法律に従う義務がありますから,国会の法改正があるまでは,現行の民法第733条第1項の規定に従った運用を行うべきとも思えるところです。

 しかし最高裁の違憲判決後も,離婚から100日経過した女性の婚姻届を行政が受け付けなかった場合,今回と同様の訴訟が再び提起されることが予想されます。その際には,ほぼ確実に違憲・無効の判決が下されるものと考えられます。

 それを見越して,行政は法改正を待たずに,違憲判決を踏まえた通達を出し,事実上国会の法改正を先取りする法運用を行う傾向があります。また,最高裁大法廷で違憲判決が下されたということは,将来国会による法改正が行われることが当然予想されるともいえます。

 

●過去には,尊属殺重罰規定違憲判決後における検察庁の運用があった

 わが国で初めて最高裁判所大法廷が違憲判決を下したのは,昭和48年4月4日のことです。当時の刑法第200条が規定していた尊属殺人罪の法定刑が,日本国憲法第14条の「法の下の平等」に反して無効であると判決を下したのです。

 その違憲判決後,検察庁は尊属殺に該当する事件でも,通常の殺人事件として起訴する運用を行いました(ただし,刑法第200条が削除されたのは,違憲判決から20年以上も経過した平成7年です。)。

 今回も最高裁判所大法廷で違憲判決が下されている以上,その違憲判決に従った法運用を行うことこそ「法の下の平等」の観点からも望ましいということで,法務省の通知があったのでしょう。来年の通常国会が期待されます。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.12.23更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日12月23日は,天皇誕生日です。天皇陛下(現在在位されている天皇を「今上天皇」と一般的に呼んでいます。これは天皇陛下のお名前ではありません。ちなみに,本来は「今上」という言葉だけで現在の天皇を意味するので,「今上天皇」だと重言になってしまいます。しかし,追号を与えられた過去の天皇らと並べる際に「今上」,あるいは追号を与えられた天皇と同様に尊称を付けて「今上陛下」として並べますと,「明治天皇,大正天皇,昭和天皇,今上(陛下)」となってしまい,並びが良くありません。このため,「今上天皇」と呼称することが一般化してしまっているという経緯があります。)は,御年82歳となられました。天皇陛下は,ご自身の誕生日に当たっての記者会見において,大東亜戦争(太平洋戦争)中に旧日本帝国軍に徴用された民間船の船員が多数犠牲となったことについて,声を震わせながら話される場面がありました。

 

 会見で天皇陛下は,この1年の出来事について述べられた後,今年が戦後70年に当たることに鑑み,戦争の話題を切り出されました。先の戦争において民間人も含め多くの人命が失われたことを「非常に心が痛みます」と述べ,戦没船員の話題に及ばれると,お声が震え始められました。

 天皇陛下は幼いころ,船の絵はがきを見て楽しんでおられたそうですが,それらの船のほとんどが撃沈されたことを後に知ったと吐露されました。声を震わせながら「制空権がなく,輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも,輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と話されました。感情が込み上げてきた様子がうかがえました。

 6月に神奈川県横須賀市で行われた第45回戦没・殉職船員追悼式の際には,亡き船員を思い,「戦没船員の碑」に供花したと述べられました。

 大東亜戦争(太平洋戦争)では,米軍などに撃沈され,民間船の船員ら6万人余りが犠牲となっております。天皇,皇后両陛下は第1回や第30回,第40回の追悼式に出席するなど,戦没船員に長年心を寄せてこられました。戦争ほど残酷で悲惨なのものはありません。戦後70年の今年は,当職も思索をさらに深めることができました。天皇陛下は戦争は国民を不幸にすることを皮膚感覚で教えてくださっています。

 

 憲法学の世界では,「天皇のおことばの合憲性」という論点があります。日本国憲法第1条は,天皇の地位について,「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(この「統合の」という訳文は,法律用語とはいえませんが,わが国の歴史をふまえた絶妙な訳であると感心しています。)と規定しておりますが,天皇陛下が「おことば」を述べられる行為は,日本国憲法上の制約を強く受けるものなのです。その意味において,天皇陛下が「おことば」を述べられる度,陛下の勇気と強さを感じます。国民に寄り添い,国民と同苦し,励ましを送られている稀有な公人のお一人と感服しております(ちなみに,「公の人」を「こうのひと」と言っておられた著名な方がおられました。だれに聴いたか知りませんが,通常は「おおやけのひと」と読むのではないでしょうか。)。

 「公人」たるべき人がまったくその職責を果たしていない現状をみますと,あきれるかぎりです。「ノブレス・オブリージュ(仏語: noblesse oblige)」こそ重要であると思います。人物を見極める審美眼をしっかり身につけなければなりません。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.12.16更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 最高裁大法廷は,本日平成27年12月16日(水)午後,女性の再婚禁止期間規定(民法733条)と夫婦同姓規定(民法750条)をめぐる初の憲法判断を示しました。再婚禁止期間(現行は180日)については,100日以上を違憲と判断しました。他方,夫婦同姓規定は合憲(合憲10名,違憲5名)と判断しました。

 「初の憲法判断」と書きましたが,大法廷判決という意味であり,少なくとも再婚禁止期間については初めてではありません。最高裁小法廷は,かつてつぎのように判示しました(最判平成7年12月5日裁判所時報1160号2頁)。

 

 「民法733条の立法趣旨は,父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあるから,国会が同条を改廃しないことが憲法の一義的な文言に違反しているとはいえず,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。」

 

 かつてブログにも書きましたが,再婚禁止期間については,かなり高い確率で違憲判決が下されるであろうと期待していましたので,穏当かなと思いました。

 しかし,夫婦が同じ氏を称することを義務づけている民法の規定は,憲法に違反していないかという点は,まさに今回が初めての憲法判断でしたので,注目しておりました。ただ,なかなか最高裁が違憲判決を下すのは,かなりハードルは高いであろうと予想しておりました。結果としては,この予想は的中してしまいましたが,少し意外であったのは,反対意見が5名おられたという点です。現在の最高裁はリベラルな印象を受けます。

 

 上記2つの規定については,女性差別に当たるとの,国際連合など国内外から批判が出されています。他方,規定を変えると,伝統的な家族観が壊れるとの意見もあるようです(とくに自由民主党にはそのような考えの人が多いように見受けられます。)。

 最高裁は平成25年9月5日,結婚していない男女の間に生まれた子どもへの遺産相続をめぐり,法定相続分を定めた民法の規定のうち嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めた部分(900条4号ただし書前半部分)を憲法違反であると判断し,長年続いた家族の法的な問題について,決着をつける姿勢を見せました。大法廷決定からわずか3か月後の平成25年12月5日,民法の一部を改正する法律が成立し,嫡出でない子の相続分が嫡出子の相続分と同等になりました(同月11日公布・施行)。

 本日の大法廷判決によって,「現代日本の家族のかたち」の到達点が一応示されました。おそらく再婚禁止期間規定は早急に改正されることでしょう。夫婦同姓規定については,国会での議論が大いに期待されます。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.11.04更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日,以下に引用するニュースが入ってきました。違憲判決が下される可能性が高まった気がします。

 

【以下,引用始め】

再婚禁止期間めぐる訴訟,弁論開く 最高裁

 

 女性だけが離婚後6カ月間は再婚できないとする民法の規定は,「法の下の平等」などを定めた憲法に違反するとして,岡山県に住む30代の女性が国に損害賠償を求めた訴訟で,最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は4日午前,当事者の意見を聞く弁論を開いた。この日で結審し,年内にも大法廷として初めての憲法判断を示す見通しだ。

 女性は2008年に元夫と離婚した。当時,現在の夫との間の子を妊娠していたが,女性のみに再婚禁止期間を設けた民法733条の規定により,離婚後の6カ月間は現在の夫と再婚できなかった。

 女性は精神的苦痛を受けたとして,165万円の損害賠償を国に求めて11年に岡山地裁に提訴。民法733条は,「法の下の平等」を定めた憲法14条や,結婚についての法律は両性の平等に基づいて制定されるとした憲法24条に反すると訴えた。しかし,12年10月の一審・岡山地裁と,13年4月の二審・広島高裁岡山支部の判決はともに,「離婚後に生まれた子の父親をめぐって争いが起きるのを防ぐために設けられた規定で,合理性がある」などとして請求を退けた。

 4日午後には,夫婦を同姓とする民法750条の規定が憲法に違反していないかが争われた別の訴訟でも,最高裁大法廷で弁論が開かれて結審する。この訴訟も,年内にも判決が出る見通し。(朝日新聞デジタル 11月4日(水)11時27分配信)

【以下,引用終わり】

 

 再婚禁止期間規定の合憲性は,憲法学の重要論点の一つであり,平成15年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題として出題されたこともあります。当職も当時を思い出しながら小問1について答案を起案してみました。かつては,この程度でもA(上位500番)がついていましたが,現在の司法試験のレベルはどうなんでしょうか。

 

【憲法】第1問

 以下の場合に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

 1 再婚を希望する女性が,民法の再婚禁止期間規定を理由として婚姻届の受理を拒否された場合

 2 女性のみに入学を認める公立高等学校の受験を希望する者が,男性であることを理由として願書の受理を拒否された場合

(出題趣旨)

 本問は,憲法第14条第1項の「法の下の平等」に関する一般原則を踏まえて,性別に基づく異なる処遇の合憲性について,再婚禁止期間規定(民法第733条)と公立女子高等学校の事例をあげて論じさせる問題である。

 

【当職作成にかかる小問1の答案】

 再婚を希望する女性が民法の再婚禁止期間規定(民法733条1項)を理由として婚姻届の受理を拒否された場合,かかる規定及び受理を拒否した処分は憲法第14条第1項,同第24条第2項に反しないか。

1 この点,14条1項は平等原則を定めている。ここにいう「法の下」の平等の意義が問題となるが,不平等な法律を平等に執行しても平等は実現できないことから,法適用の平等のみならず法内容の平等まで含まれると解すべきである。

2 つぎに,「平等」の意義が問題となるが,社会において事実上存在する差異を無視することはできないから,合理的区別を許容する相対的平等を意味すると解すべきである。

3 また,24条2項は,24条1項の婚姻の自由を尊重するため,婚姻に関する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないとしている。これは,平等原則の婚姻についての現れといえる。

4 それでは,本問の規定は合理的区別であり,14条1項,24条2項に反しないといえるか。合憲性判定基準が問題となる。

  この点,「性別」による差別は14条1項の後段列挙事由に該当する。そして,後段列挙事由については歴史的にみて不合理な差別が行われてきた事実が存在するから特に明示されたものであり,それ以外に関する差別と比べて厳格な基準が妥当すると解する。

  その中でも,「人種」「信条」「性別」については,個人の意思によっても変えることが困難なことが多い事由であるから,さらに厳格な基準によって判断する必要がある。

  そこで,具体的には,①目的がやむにやまれぬ重要な利益であるか,②手段が目的達成のためぜひとも必要な最小限度といえるか,によって判断すべきである。

5 本小問の規定の立法目的は,父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争を未然に防ぐ点にある(民法772条2項)。これは婚姻の安定を図り,子の身分が不安定になることを防止するものであり,やむにやまれぬ重要な利益であるといえる(①)。

  つぎに,目的達成のための手段は,女性に対し6か月間の再婚禁止期間を課すという方法が採られている。

  たしかに,妊娠の初期においては妊娠の有無は医学的にみても判断しにくい。しかし,民法772条が,婚姻成立の日から200日後,婚姻解消の日から300日以内に生まれた子を嫡出子と推定していることからすれば,父性推定の重複を回避するためには,100日の期間で足りるはずである。そうであるとすれば,6か月もの間再婚禁止期間を課すことは,目的達成のためにぜひとも必要な最小限度であるとはいえない(②)。

  したがって,本問の規定及び処分は14条1項,24条2項に反し,違憲である。  以上

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.10.06更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 与野党攻防の末に成立した平和安全法制について,学生らでつくる「SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)」が「賛成した議員を落選させよう」と発した呼びかけが,静かな波紋を広げているようです。明年平成28年(2016年)夏に参議院議員選挙が予定されていますが,選挙運動には公職選挙法で様々な規制があり,「まだ選挙が始まってもいない段階で,選挙に向けた動きをするのは違法ではないか」との声もあるようです。

 そこで,今回は「落選運動」について,説明してみます。

 

●「落選のみ」が目的ならば選挙運動に該当しない

 そもそも選挙運動とは何なのでしょうか?

 総務省サイトによりますと,選挙運動とは,「特定の選挙に特定の候補者を当選させる目的で投票を勧める行為」と定義づけられています。

 公職選挙法においては,この選挙運動は「選挙の公示・告示日から選挙期日の前日までしかすることができない」とされています。この選挙期間より前に選挙運動を行うことは「事前運動」として禁じられており,1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金が科される可能性があり,選挙権及び被選挙権が停止される可能性があります。

 

 では,落選運動は,この「選挙運動」に含まれるのでしょうか?

 落選運動の定義を探ると,ネット選挙が解禁された平成25年(2013年),「インターネット選挙運動等に関する各党協議会」がまとめた改正公職選挙法のガイドラインで,つぎのようにはっきりと示されていました。

 「何ら当選目的がなく,単に特定候補者の落選のみを図る行為である場合には,選挙運動には当たらないと解されている」

 すなわち,落選運動は選挙運動ではないのです。それゆえ公職選挙法による時期の制限を受けません。よって,「落選運動は,今すぐできる」ということとなります。

 

●未成年者が落選運動を行っても“問題なし”

 選挙権のない未成年者について(先の通常国会における法改正により18歳未満の未成年者を意味します。),公職選挙法では選挙運動を禁じているものの,落選運動について未成年者を規制する法令は何もありません(本来,政治活動は自由なのです。)。落選運動に未成年者が取り組んでも「問題とはならない」のです。

 もちろん,「落選のみが目的」というところがポイントです。かりに,「誰かを落選させて,誰かを当選させる」という意図が認められると,公職選挙法の事前運動禁止などの規定に触れることになるので注意が必要です。

 さらに,平成25年(2013年)の公職選挙法改正により,選挙期間中には,ウェブサイトなどに選挙運動や落選運動に使用する文書図画を掲載する際は,運営者に連絡が取れる電子メールアドレスなどを表示することが義務づけられました。ただし,この表示義務は,選挙期間中のみの規制ですから,選挙期間ではない時期なら,この規制を受けることはありません。

 以上のことから,インターネットを使って今すぐ,たとえ未成年者であっても,「特定の候補者の落選」を目指した情報発信を自由に進めていくことができることとなっています。もちろん,根拠のない誹謗中傷などは論外ですが,落選運動は選挙運動と比べ,はるかに自由に展開できると思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

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