弁護士ブログ

2015.06.29更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

2015年6月26日,米国連邦最高裁判所は,「同性婚」を認める判断を示しました(ただし,内訳としては,9人の判事のうち5人がこの判断を支持し,4人が反対したとのことですから,かなりきわどい判断であったといえます。)。

これにより事実上,全米で同性婚が合法化されることになると報道されています。

 

米国では,同国全50州のうち,37州と首都ワシントンD.C.で同性婚が認められる一方,中西部オハイオ州などの4州では,同性婚を認めない判断を示していました。各州で同性婚に対する判断が分かれていたため,連邦最高裁判所が審理を進めていたところでした。

 

米国では1970年代以降,同性同士のカップルが州政府に同性婚を認めるよう求める裁判を起こす動きが目立つようになってきました(『21世紀の公民権運動』などともいわれているようです。)。しかし,キリスト教保守派を中心に反対は根強く,世論は二分されたままです(とくに,米国南部の州では,結構時間がかかるように思われます。)。

 

その歴史に一つの区切りをつける今回の裁判ですが,連邦最高裁判所の裁判所命令が「美しい」と話題となっているようです。Anthony Kennedy判事による最後の一文です。

早速,PDFファイルをダウンロードし,訳を付けてみました(うまくないかもしれませんが)。

 

【以下,引用始め】

(No union is more profound than marriage, for it embodies the highest ideals of love, fidelity, devotion, sacrifice, and family. In forming a marital union, two people become something greater than once they were. As some of the petitioners in these cases demonstrate, marriage embodies a love that may endure even past death.

 

It would misunderstand these men and women to say they disrespect the idea of marriage. Their plea is that they do respect it, respect it so deeply that they seek to find its fulfillment for themselves. Their hope is not to be condemned to live in loneliness, excluded from one of civilization's oldest institutions. They ask for equal dignity in the eyes of the law. The Constitution grants them that right. The judgment of the Court of Appeals for the Sixth Circuit is reversed. It is so ordered.)

【以上,引用終わり】

 

【当職の日本語訳】

婚姻ほど深い結びつきはない。なぜなら,婚姻とは,最も崇高な愛,忠誠,献身,犠牲,そして,家族の究極の理想を具現化したものだからである。婚姻関係を結ぶことによって,二人の個人は,それまでの自分をはるかに超える偉大な存在となる。本件の訴訟の当事者らは,たとえ死が二人を分かとうとも,なお途切れない愛情が,婚姻にはあるということを証明している。

 

 

ゆえに,本件の訴訟当事者である同性愛者の男女らが婚姻という概念に対し敬意を払っていないとするのは,大きな思い違いである。彼らの嘆願は,婚姻という概念に深い敬意を払っているからこそ行われているのであり,だからこそ,自分らにも婚姻が認められることを切に願っているのである。

彼らの望みは,孤独に生きろと咎められないことであり,婚姻という文明の最も伝統的な制度から排除されないことである。法の下において,平等なる尊厳を求めているのである。米国合衆国憲法は,彼らにもその権利を付与している。よって当法廷は,第6巡回区控訴裁の判断を破棄する。上記のとおり命令する。

 

 

たしかに「美しい」と唸りました。やはり,「人工国家」米国の真骨頂といえます。「人工国家」米国の精神は,合衆国憲法に体現されているのです。

しかし,実際は今日から,これから,今からが重要です。当然ながら抵抗する勢力の反攻も予想されます。「艱難汝を玉にす」との言葉がありますが,艱難を乗り越え,玉となれるかが問われます。「虹の彼方に」は何が見えるのでしょうか。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.22更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

いわゆる神戸連続児童殺傷事件の加害者である通称「少年A」による手記『絶歌』(太田出版)が平成27年6月10日に発売されて以降,出版の是非を問う声が,多数あがっているようです。

以前「サムの息子法」の導入の可否について記事を書いた際(平成27年6月18日付け),当職は「見ない。買わない」という不買活動という視点もあるように思いますと述べましたが,書籍の販売と購入の自粛を求める意向を示す書店等も少しずつ出てきました。

やや過激な主張として,上記書籍の出版差止めをすべきといったものもあります。出版差止めと聞きますと,当職は「北方ジャーナル事件」を思い出します。

そこで,今回は,「北方ジャーナル事件」について,触れておきます。

 

 

 

【事件概要】

 

昭和54年(1979年)施行の北海道知事選に立候補予定の者を批判攻撃する記事を掲載した雑誌が,発売前に名誉毀損を理由に差し止められた事件

 

 

 

【判示事項及び裁判要旨】

 

1 出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めと日本国憲法(以下「憲法」という。)21条2項前段にいう「検閲」

雑誌その他の出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めは,憲法21条2項前段にいう「検閲」に当たらない。しかし,事前差止めは,「事前抑制そのもの」であるから厳格かつ明確な要件が必要である。

 

 

 

2 名誉侵害と侵害行為の差止請求権

名誉侵害の被害者は,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対して,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができる。

 

 

 

3 公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等に関する出版物の印刷,製本,販売,頒布等の事前差止めの許否

人格権としての名誉権に基づく出版物の印刷,製本,販売,頒布等の事前差止めは,上記出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等に関するものである場合には,一般にそれらは公共の利害に関する事項であり,その表現は私人の名誉権に優先する社会的価値を含むので,原則として許されない。

ただし,①表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,②被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときに限り,例外的に許される。

 

 

 

4 公共の利害に関する事項についての表現行為の事前差止めを仮処分によって命ずる場合と口頭弁論又は債務者審尋

公共の利害に関する事項についての表現行為の事前差止めを仮処分によって命ずる場合には,③原則として口頭弁論又は債務者の審尋を行い,表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えなければならない。

ただし,債権者(名誉権を侵害された立候補予定者)の提出した資料によって,①表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり,かつ,②債権者(出版社)が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは,口頭弁論又は債務者の審尋を経なくても憲法第21条の趣旨に反するものとはいえない。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

田中長官補足意見はいよいよクライマックスです。

 

「要するに我々は,憲法の平和主義を,単なる一国家だけの観点からでなく,それを超える立場すなわち世界法的次元に立って,民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん,これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も,憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって,真の平和主義に忠実なものとはいえない。」

【コメント】

この田中長官の意見と安倍晋三首相が推し進める「積極的平和主義」とは整合するのでしょうか。

 

 

「我々は『国際平和を誠実に希求』するが,その平和は『正義と秩序を基調』とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち『法の支配』と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに,国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。」

【以上,引用終わり】

【コメント】

「立憲主義」は,人権尊重や権力分立を備えた法によって国家の権力濫用から国民を守ろうとする思想ですが,この前提問題として「法の支配」が指摘されます。「人の支配」ではなく,「法の支配」でなければならないという規範が成立しなければ,立憲主義の議論をしても無意味であるからです。「日本では立憲主義以前に法の支配すら危うい」との警鐘を鳴らす書籍に,大澤真幸・木村草太共著『憲法の条件 戦後70年から考える』(NHK出版新書・2015年)があります。大澤真幸さんは日本を代表する気鋭の社会学者ですが,著作を拝読しますと,頭がよく動きます。脳をゴシゴシ洗っている感じです。読後は,少し頭がよくなった気がします(個人の感想です。)。

 

 

 

さて,いかがでしたでしょうか。読者の方々の参考となれば幸いです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

田中長官補足意見はまだ続きます。

 

「我々は,その解釈について争いが存する憲法9条2項をふくめて,同条全体を,一方前文に宣明されたところの,恒久平和と国際協調の理念からして,他方国際社会の現状ならびに将来の動向を洞察して解釈しなければならない。字句に拘泥しないところの,すなわち立法者が当初持っていた心理的意思でなく,その合理的意思にもとづくところの目的論的解釈方法は,あらゆる法の解釈に共通な原理として一般的に認められているところである。そしてこのことはとくに憲法の解釈に関して強調されなければならない。」

【コメント】

「目的論的解釈」は,とくに憲法の解釈に関して強調されるべきとの田中長官の強い意思を感じます。ここに「目的論的解釈」といいますのは,条文の現在においてもつべき趣旨,果たすべき目的を考察して,それにしたがって条文を解釈すべきという解釈態度です。

立法者意思を知りたい方は,日本国憲法制定過程を詳細に分析し,その真相に迫った力作,古関彰一著『平和憲法の深層』(ちくま新書・2015年)をお勧めします。著者自身が「はじめに」において,「いままでの書物の『常識』が本書では『非常識』となっているため,驚かれる読者も多いと思われる」と書かれているとおり,驚きの連続でした。東京帝国大学の教授陣(うち,とくに宮沢俊義先生)の言動は,衝撃を受けました。

 

 

「憲法9条の平和主義の精神は,憲法前文の理念と相まって不動である。それは侵略戦争と国際紛争解決のための武力行使を永久に放棄する。

しかしこれによってわが国が平和と安全のための国際協同体に対する義務を当然免除されたものと誤解してはならない。我々として,憲法前文に反省的に述べられているところの,自国本位の立場を去って普遍的な政治道徳に従う立場をとらないかぎり,すなわち国際的次元に立脚して考えないかぎり,憲法9条を矛盾なく正しく解釈することはできないのである。」

【コメント】

日本国憲法第9条を矛盾なく正しく解釈する方法について言及されています。

 

 

「かような観点に立てば,国家の保有する自衛に必要な力は,その形式的な法的ステータスは格別として,実質的には,自国の防衛とともに,諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。現在の過渡期において,なお侵略の脅威が全然解消したと認めず,国際協同体内の平和と安全の維持について協同体自体の力のみに依存できないと認める見解があるにしても,これを全然否定することはできない。そうとすれば従来の『力の均衡』を全面的に清算することは現状の下ではできない。

しかし将来においてもし平和の確実性が増大するならば,それに従って,力の均衡の必要は漸減し,軍備縮少が漸進的に実現されて行くであろう。

しかるときに現在の過渡期において平和を愛好する各国が自衛のために保有しまた利用する力は,国際的性格のものに徐々に変質してくるのである。かような性格をもっている力は,憲法9条2項の禁止しているところの戦力とその性質を同じうするものではない。」

【コメント】

「将来においてもし平和の確実性が増大するならば,それに従って,力の均衡の必要は漸減し,軍備縮少が漸進的に実現されて行くであろう。」-希望を感じさせる言葉です。アレクサンドル・デュマ作の『モンテ・クリスト伯』の最後のセリフ「待て,しかして希望せよ。」を思い出しました。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

前回にひきつづき,田中長官補足意見を引用します。

 

「およそ国内的問題として,各人が急迫不正の侵害に対し自他の権利を防衛することは,いわゆる『権利のための戦い』であり正義の要請といい得られる。これは法秩序全体を守ることを意味する。このことは国際関係においても同様である。防衛の義務はとくに条約をまって生ずるものではなく,また履行を強制し得る性質のものでもない。

しかしこれは諸国民の間に存在する相互依存,連帯関係の基礎である自然的,世界的な道徳秩序すなわち国際協同体の理念から生ずるものである。このことは憲法前文の国際協調主義の精神からも認め得られる。そして政府がこの精神に副うような措置を講ずることも,政府がその責任を以てする政治的な裁量行為の範囲に属するのである。」

【コメント】

国家の防衛権が発動されるべき状況,防衛の義務の性質・根拠,防衛権行使の措置が政府の政治的裁量行為の範囲に含まれることに言及しています。正当防衛に関する刑法第36条第1項は,「急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為は,罰しない。」と規定しています。また,民法第720条第1項本文は,「他人の不法行為に対し,自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため,やむを得ず加害行為をした者は,損害賠償の責任を負わない。」と規定しています。すなわち,刑法上も民法上も,自己又は他人の権利の防衛のために,正当防衛権を行使できるのです。

前段で言及されているとおり,田中長官補足意見は,防衛の概念について,「自衛即他衛,他衛即自衛」との論理を前提としていますから,刑法上及び民法上の正当防衛のロジックが使えるわけです。

 

 

「本件において問題となっている日米両国間の安全保障条約も,かような立場からしてのみ理解できる。本条約の趣旨は憲法9条の平和主義的精神と相容れないものということはできない。同条の精神は要するに侵略戦争の禁止に存する。それは外部からの侵略の事実によって,わが国の意思とは無関係に当然戦争状態が生じた場合に,止むを得ず防衛の途に出ることおよびそれに備えるために必要有効な方途を講じておくことを禁止したものではない。」

【コメント】

日本国憲法第9条の精神が「平和主義的精神」,「侵略戦争の禁止」であることが述べられております。

 

 

「いわゆる正当原因による戦争,一国の死活にかかわる,その生命権をおびやかされる場合の正当防衛の性質を有する戦争の合法性は,古来一般的に承認されているところである。そして日米安全保障条約の締結の意図が,『力の空白状態』によつてわが国に対する侵略を誘発しないようにするための日本の防衛の必要および,世界全体の平和と不可分である極東の平和と安全の維持の必要に出たものである以上,この条約の結果としてアメリカ合衆国軍隊が国内に駐留しても,同条の規定に反するものとはいえない。

従ってその『駐留』が同条2項の戦力の『保持』の概念にふくまれるかどうかは―我々はふくまれないと解する―むしろ本質に関係のない事柄に属するのである。

もし原判決の論理を是認するならば,アメリカ合衆国軍隊がわが国内に駐留しないで国外に待機している場合でも,戦力の『保持』となり,これを認めるような条約を同様に違憲であるといわざるを得なくなるであろう。」

【コメント】

「もし」以下の展開は,当職にはやや意味不明です。原判決は「駐留」が日本国憲法第9条第2項の「保持」の概念に含まれる(だからこそ違憲なわけです。)と判示していますが,まさか「駐留」していない軍隊を「保持」しているとまでは言っていないように思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 

政府与党が論拠とする砂川事件最高裁判決ですが,事件の背景事情,事件処理の経緯や米国からの介入・圧力,米国との密約があったこと等を考慮しますと,いわゆる「眉唾もの」,「いわくつき」判決であるとの謗りを免れないことは否定できません。

ただ,集団的自衛権行使容認の論拠となるかどうかは別として,上記判決多数意見の判旨自体の文言のみに着目すると,苦しいところは多いですが,まったく論外という印象ではなく,意外と面白いことが分かります。

また,注目度は低いですが,田中耕太郎最高裁判所長官(以下「田中長官」といいます。)の補足意見は,実に興味深いです(ちなみに,最高裁判所判事の意見と長官の意見との間に軽重はありません。一人一意見です。)。

そこで,本ブログの読者(どのくらいの人が閲覧しているかは不明ですが)への情報提供のため,田中長官補足意見をご紹介いたします。認識しないで評価することは絶対に戒めなければなりません。読者の方々の思考の参考となれば幸いです。

なお,田中長官補足意見のうち,日本国憲法の国際協調主義の観点から補足されている部分に限定します。また,引用の際,横書きであることを考慮し,適宜修正(字句の修正や改行など)させていただきました。

 

【田中長官補足意見・引用始まり】

 

「私は本判決理由をわが憲法の国際協調主義の観点から若干補足する意味において,以下自分の見解を述べることとする。」

【コメント】

「国際協調主義」(国際協和主義ともいわれます。)は説明するまでもないと思います。日本国憲法前文や同第98条第2項に規定されています。

 

 

「およそ国家がその存立のために自衛権をもっていることは,一般に承認されているところである。自衛は国家の最も本源的な任務と機能の一つである。

しからば自衛の目的を効果的に達成するために,如何なる方策を講ずべきであろうか。

その方策として国家は自国の防衛力の充実を期する以外に,例えば国際連合のような国際的組織体による安全保障,さらに友好諸国との安全保障のための条約の締結等が考え得られる。そして防衛力の規模および充実の程度やいかなる方策を選ぶべきかの判断は,これ一つにその時々の世界情勢その他の事情を考慮に入れた,政府の裁量にかかる純然たる政治的性質の問題である。

法的に認め得ることは,国家が国民に対する義務として自衛のために何等かの必要適切な措置を講じ得,かつ講じなければならないという大原則だけである。」

【コメント】

「国際連合のような国際的組織体による安全保障」は集団安全保障といわれます。国際連合(以下「国連」といいます。)発足当初は,五大国[米,英,仏,ソ(当時。現露),中(当時は中華民国。現在は中華人民共和国)]の軍事力を背景として第二次世界大戦後の世界平和を保障しようと考えていました。

しかし,国連による集団安全保障体制が機能不全を起こしていることはご存じのとおりです。

そのため,予防外交と平和維持活動(PKO)を展開するなど,集団安全保障本来の機能とは異なる活動を追加することで対応せざるを得ない状況となっています(ちなみにアニメーション「宇宙戦艦ヤマト2199」の劇中においては,「国連宇宙軍」が創設されており,日本も参加していることとなっています。ただ,これまでの政府閣議決定はもちろん,昨年7月1日の閣議決定を前提としても,国連軍が創設された場合,我が国はそれに参加することができないこととなっています。)。

 

 

「さらに一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今や諸国民の間の相互連帯の関係は,一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従って一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。一国が侵略に対して自国を守ることは,同時に他国を守ることになり,他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば,今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず,自衛はすなわち『他衛』,他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って自国の防衛にしろ,他国の防衛への協力にしろ,各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。」

【コメント】

この箇所は,政府与党の論拠とされそうな部分です。たしかに,砂川事件の争点は,「日米安全保障条約の合憲性」であり,集団的自衛権行使の可否等は争点とはなっていません。

しかし,評議の際,国連憲章第7章第51条の規定は十分意識されていたのではないでしょうか。

 

参考[国連憲章第7章第51条]

「この憲章のいかなる規定も,国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間,個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は,直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また,この措置は,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては,いかなる影響も及ぼすものではない。」

上記意見にある「今日」とは砂川事件最高裁判決が下された1959年(昭和34年)当時のことですが,当時は東西冷戦下でした。「今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず,自衛はすなわち『他衛』,他衛はすなわち自衛という関係があるのみである」とありますが,これについては見解が分かれそうです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.16更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

国会で審議中の平和安全法制について,テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」が憲法学者を対象に行ったアンケートの結果が昨日(6月15日)夜,発表されました。同番組月曜日のコメンテイターは,首都大准教授・木村草太さん(当職がもっとも注目している若手の憲法学者であり,著作も多数拝読しています。)でしたから,大変興味深く見させていただきました(木村草太さんの分析・解説も論旨明快,実に的を得た分かりやすいものでした。)。

 

アンケートは6月6日から12日まで,「憲法判例百選」(有斐閣)の執筆者に名を連ねている憲法学者198人を対象に実施されました。かかる「判例百選」シリーズは,法律を勉強する学生必携の判例解説書であり,国内の著名な大学の研究者も数多く執筆しています。今回のアンケートでは,151人から回答があったそうです。

 

回答した151人のうち,「憲法違反の疑いはない」としたのは3人にすぎず,「憲法違反にあたる」「憲法違反の疑いがある」という否定的な見解が大多数を占めたそうです(ある意味予想どおりでした。)。

 

 「今回の安保法制は,憲法違反にあたると考えますか?」という問いには,84%(127人)が「憲法違反にあたる」と答え,13%(19人)が「憲法違反の疑いがある」と回答しました。一方,「憲法違反の疑いはない」と回答したのは,2%(3人)でした(残り2人は未記入だっとようです。)。

 

 

平和安全法制は,これからの我が国の防衛政策を左右する重要法案であることは明らかです。ただ,ここまで憲法学者の反対があるとしますと,政府与党も法案採決のやり方については,今後苦労しそうです。我々国民は,心して政治を監視していかねばなりません。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2015.06.05更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

昨日(平成27年6月4日),警察署からの接見の帰りにネットニュースを見ますと,次のニュースに目が留まりました。

 

「国会で『平和安全法制』の審議が行われている最中の本日(6月4日)に開かれた衆議院の『憲法審査会』において,自民党・公明党が推薦した憲法学者の長谷部恭男・早稲田大大学院法務研究科教授(参考人)が,与党の平和安全法制に『違憲』の評価を突きつける異例の事態が起きました。

民主党の議員が『率直に聞きたいのですが,先生方は,今の安保法制を憲法違反だと思われますか。先生方が裁判官とすれば,どのような判断を下されますか」と参考人の憲法学者3人(残りの2人は,民主党推薦の参考人・小林節・慶應大学名誉教授と,維新の党推薦の笹田栄司・早稲田大政治経済学術院教授です。)に質問したところ,全員揃って『違憲である』と明言するという展開となりました。」

 

帰宅中に上記ニュースに接したので,深夜のテレビニュースを楽しみにしたのですが,昨日は世間の耳目を集める重大事件が多かったためか,残念ながら取り上げたテレビ局はありませんでした。

 

菅義偉官房長官は当夜の記者会見で「まったく違憲ではないという著名な憲法学者もたくさんいる」と断言されたようですが,一方で,憲法学者の南野森・九州大教授は,「菅官房長官によれば,『全く違憲でない』と言う『著名な』『憲法学者』が『たくさん』いるらしい。是非ご教示賜りたい。」とツイートされたようです(ちなみに,当職は,南野教授に軍配を上げたいですね。憲法学の通説的見解からは違憲となるでしょう。)。

 

昨日は,選挙権年齢を18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案が衆議院を通過したというニュースもありました。選挙権年齢の改正は,さきの戦争で日本国が敗戦した昭和20年以来です(この時は25歳から20歳に引き下げられました。最大の目玉は女性参政権を認めた点です。)。

実務上,「憲法問題」を直に扱う機会はあまりないです,しかし実は,日本国憲法の精神は身近なところに存在しています。当職は努めて「憲法問題」を考えるように心がけています。このブログでも可能なかぎり触れていこうと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

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