弁護士ブログ

2016.11.04更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 昨日は,「文化の日」でしたが,日本国憲法公布70年の佳節でもありました。そして,日本国憲法公布70年の今秋,一冊の本が復刻出版されました。
 タイトルは,『復刻新装版 憲法と君たち』(時事通信社刊)。著者は,著名な憲法学者である佐藤功先生(1915-2006)です。気鋭の憲法学者である木村草太首都大学東京教授(木村先生はようやく教授になられたのですね。この本で知りました。)の詳しい解説が付いています。


 佐藤功先生は,新たな憲法をつくる「憲法問題調査委員会」の補助員や内閣法制局参事官として日本国憲法の制定にかかわった「憲法の生みの親」の1人ともいえる先生です。発刊は60年以上前ですが,「君たちひとりびとりにお話をするつもりでこの本を書きました」とあるように,この本の中で,佐藤功先生は子どもたちに憲法の原理と精神をやさしく,語りかけるように解説しています。

 前半は歴史の読み物のようでもあります。マグナ・カルタ,アメリカの独立宣言,フランス革命,リンカーン…。平和主義,民主主義,人権尊重といった近代憲法の三つの理想が闘いの中で勝ち取られたことを説明しています。
 そして,「生みの親」は日本国憲法の成り立ちについて説いていきます。

 「この今の憲法が…日本が新しい国として生まれかわるために,新しい理想をはっきり定めようとしてつくられたものだということはわすれてはならない」

 「もしもマッカーサー元帥が,こういう憲法をつくれということを命じなかったとしても,二どと戦争をくり返さず,国民の考えに反した政治がおこなわれず,また国民の自由がおさえつけられない,そういう新しい国として生まれかわるというために,今の憲法のような憲法がどうしてもつくられなければならなかったのだ」

 基本的人権,民主主義についてはこれまで日本が世界から後れていて,日本国憲法で追い付いたと説明した後,佐藤功先生の言葉には力がこもります。「だけど,平和だけはちがう。戦争放棄の点だけはちがう。それはほかの国ぐにはまだしていないことなのだ。それを日本がやろうというわけだ」

 佐藤功先生は,終戦直後の停電の中,短い,そして暗いろうそくの下でペーパーを書いたそうです。「それにもかかわらず当時の私は,新しい憲法の精神や原則によって鼓舞され,そして非常にやりがいを感じた…」と後に記しておられます。


●『憲法と君たち』の予見と現在との符合


 佐藤功先生が,『憲法と君たち』を書かれた昭和30年(1955年)は,自由民主党が結成された年です。
 日本国憲法公布から4年後の昭和25年(1950年),朝鮮戦争が勃発。わが国も再軍備の是非が論じられ,結果,警察予備隊が発足しました。昭和27年(1952年)には,日本国憲法施行の年に発行された文部省中等科教材「あたらしい憲法のはなし」の発行が停止になったのです。
 東西冷戦が朝鮮半島で「熱い戦争」となり,冷戦の陣営の対立は厳しさを増し,わが国では改憲を求める声が強まっていました。当時は連合国軍総司令部(GHQ)の「押し付け」でなく自主憲法を制定すべきだとの改憲派と護憲派の緊張関係が高まっていたのです。「自主憲法制定」を党是とする自由民主党もそのような背景のなか結党されました。
 佐藤功先生が,日本国憲法が空洞化してしまうのではないかとの強い危機感をもっておられたことが推測されます。
 上記の状況は,決して過去のものではありません。東西冷戦構造こそなくなりましたが,わが国を取り巻く環境は極めて抜き差しならないものとなっています。戦争のかたちも「テロとの戦い」にシフトし,本来「ランドパワー」の大国が「シーパワー」まで手に入れんとする状況もあります。

 第4章「憲法を守るということ」の記述は,未来を予見しているともいえるものですが,何か現在の状況と不思議な符合がみられるように思います。

 「多数決というやり方も,絶対に正しいやり方だとはいえなくなる」。少数の意見の方が正しいこともある。多数党が,少数党の意見を聴かずに数で押し切るのは,形の上では議会政治だが昔の専制政治と同じだ,として「決をとるまでの議論」の大切さを説きます。
 「憲法を守らなければならないはずの国会や内閣が,かえって憲法をやぶろうとすることがある。事情がかわったということで,憲法がやぶられようとする場あいがある。また,へりくつをつけて,憲法がつくられたときとは別のように憲法が解釈され,むりやりにねじまげて憲法が動かされるということがあるわけだ」
 では誰が憲法を守らせるのか。佐藤功先生は巻末で60年前の子どもたちに「よかったら君たちも声をあげて読んでくれたまえ」と前置きして一つの言葉を残しています。


 「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る」

 

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.10.27更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

「ねぇ濵門君。『17条決定』って知ってる?」
本日午後,裁判所の期日から戻ってきた先輩弁護士にそう聴かれました。「17条決定」にいう「17条」が民事調停法上のものであることは知っていましたが,先輩弁護士の取り扱っている事件は地方裁判所管轄の事案です。
そこで,今回は「17条決定」について解説します。


●「17条決定」とは?


民事調停は,原則的に,当事者の話合いによって紛争解決に向けた合意の成立を目指す,という制度です。
ただ,一風変わった制度として,裁判所が解決内容を決定する,というものもあります(民事調停法17条)。これが,「調停に代わる決定」とか「17条決定」と呼ばれる制度です。条文上は職権で行われることと規定されています。

紛争の状況によっては,ある程度まとまりそうになっているのに,お互いに意地になって調停が成立しない,あるいは,会社の稟議,地方公共団体の議会対策など,裁判所の「お墨付き」が欲しい場合もあります。
裁判所の決定であれば,「面子がたもてる」「稟議もとおりやすい」「後から責任追及されない」ということです。
このような場合,裁判所は職権で「調停にかわる決定」,通称「17条決定」をすることがあるのです。

実際の民事調停の場面では,案件内容の専門家が調停委員,専門委員として関与している場合に,調停に変わる決定が活用されることが多いようです。
例えば,建築瑕疵について,建築の専門家が瑕疵の有無,損害の内容・金額を評価,判断する,という形で積極的に関与するという状況です。


●17条決定に対しては異議申立てができる!


調停に代わる決定がなされた場合,何もしませんと,その内容は調停成立と同様に,強制執行可能な状態となります(民事調停法18条5項)。
他方,内容に納得できない場合は,告知後2週間内に異議申立をすることができます(民事調停法18条1項)。
異議申立てがなされますと,「裁判所の決定」は効力を失います(民事調停法18条4項)。
そして,異議申立てに際しては,とくに不服の理由は必要とされていません。
逆に言いいますと,まずは裁判所(調停委員や専門委員)の案をみてからそれを承服するか否かを考えるという様子見的に利用することもできるわけです。
ただし,この決定内容が,その後の訴訟などで資料(証拠)として利用されることはあり得ます。とくに,案件内容の専門家の判断であれば,訴訟などの別の手続でも重視されることが多いです。


●訴訟から調停に手続が移行される場合もある:付調停


民事訴訟において,専門的な調停委員に和解案を出してもらいたい,という場合に「付調停」が有用となる場面があります。「付調停」とは,一般の民事訴訟において,手続を訴訟から調停に変更するという制度のことです。条文上,調停に付すると規定されているので付調停と呼ばれています(民事調停法20条)。
条文上は「職権」とされていますが,実務上は,当事者からの要請により,裁判所が判断する,ということが多そうです。

たとえば,過払金返還請求事件などですが,経営が苦しく,まともな言い分のない消費者金融などについて,弁論期日を2,3回続行し,弁論を終結して判決を「淡々」とする裁判官が多いのですが,ある程度,双方の「本音」を聞き,ある程度歩み寄った17条決定をする裁判官も増えているようです。


付調停の後,「17条決定」の文例としてはつぎのようになります。


当事者の表示  原 告
        被 告
  (注)従前は申立人(原告)とかの表示例もあったようですが,付調停の場合,申立てがありませんので,そのまま「原告」と表記するようです。

 上記当事者間の平成28年(ノ)第○○号○○請求調停事件について,当裁判所は,次のとおり決定する。

6 原告及び被告は,原告と被告との間には,本件に関し,主文掲記の条項に定めるもののほかに何ら債権債務がないことを相互に確認する。
7 訴訟(○○地方裁判所平成26年(ワ)第○○号)費用は,各自の負担とする。

                    事実及び理由
1 請求の表示
 ⑴ 請求の趣旨

 ⑵ 請求の原因
   別紙記載のとおり

2 本決定をした理由
  当事者双方から聴取した事情を考慮した結果。本件は主文どおりの条項で解決するのが相当であると認め,民事調停法第17条に基づき主文どおり決定する。


●先輩弁護士への回答


冒頭の先輩弁護士への回答としては,「受訴裁判所である地裁が,本件を調停に付したうえで,自庁処理をしようとしているのではないか。処理としては『17条決定』をする予定なのであろう。」ということとなります。


参照条文
[民事訴訟法]
(裁判所等が定める和解条項)
第265条  裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,当事者の共同の申立てがあるときは,事件の解決のために適当な和解条項を定めることができる。
2  前項の申立ては,書面でしなければならない。この場合においては,その書面に同項の和解条項に服する旨を記載しなければならない。
3  第一項の規定による和解条項の定めは,口頭弁論等の期日における告知その他相当と認める方法による告知によってする。
4  当事者は,前項の告知前に限り,第一項の申立てを取り下げることができる。この場合においては,相手方の同意を得ることを要しない。
5  第三項の告知が当事者双方にされたときは,当事者間に和解が調ったものとみなす。

[民事調停法]
(調停に代わる決定)
第17条  裁判所は,調停委員会の調停が成立する見込みがない場合において相当であると認めるときは,当該調停委員会を組織する民事調停委員の意見を聴き,当事者双方のために衡平に考慮し,一切の事情を見て,職権で,当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で,事件の解決のために必要な決定をすることができる。この決定においては,金銭の支払,物の引渡しその他の財産上の給付を命ずることができる。

(異議の申立て)
第18条  前条の決定に対しては,当事者又は利害関係人は,異議の申立てをすることができる。その期間は,当事者が決定の告知を受けた日から二週間とする。
2〜4(略)
5  第一項の期間内に異議の申立てがないときは,前条の決定は,裁判上の和解と同一の効力を有する。

(付調停)
第20条  受訴裁判所は,適当であると認めるときは,職権で,事件を調停に付した上,管轄裁判所に処理させ又は自ら処理することができる。ただし,事件について争点及び証拠の整理が完了した後において,当事者の合意がない場合には,この限りでない。
2〜4(略)

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.10.20更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 広告代理店最大手・D社の新入女性社員(当時24歳)が過労のため自死した問題に関連し,平成25年(2013年)に当時30歳で病死した同社本社(東京都港区)の男性社員についても,三田労働基準監督署が長時間労働が原因の過労死と認め,労災認定していたことが分かりました。
 D社は「社員が亡くなったことは事実。遺族の意向により,詳細は回答いたしかねます」とコメントしているそうです。
 先日14日(金)には,労働基準法に基づきD社本社等に立ち入り調査が行われたとの報道もありました。出退勤記録等を調査し,是正勧告や刑事告発も視野に実態解明を進める方針ということでした。
 「過労死」という言葉が生まれて久しいですが(不名誉なことに,過労死は「karōshi」として輸出されています。),最近では「ブラック企業」などという言葉もあり,なかなかなくなりません。
 今回は,従業員が過労死した場合の会社側の法的責任について見ていきます。


● 労働基準法の責任


① 労働時間規制

 労働基準法(以下「労基法」といいます。)によりますと,従業員を週40時間を超えて労働させるためには労働組合と労使協定でその旨を定め,労働局に届け出る必要があります(いわゆる「36協定」です。労基法32条,同36条)。もっとも,「36協定」を締結すれば無制限に時間外労働をさせることができるわけではなく,月45時間が限度となります。そして,決算期,納期の逼迫といった場合に時間延長できる特別条項を締結していた場合には例外的に限度時間を超過することができます。
 このような「36協定」の締結を行っていなかった場合,協定によって定めた限度時間を超過して労働させた場合は労基法32条乃至同36条違反となり,6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が課されることがあります(労基法119条)。


② 刑事責任

 労働基準監督署は,臨検や帳簿等の書類の提出を求めたり,尋問を行うことによって労基法違反の有無を調査することができ(労基法101条),違反が発見された場合には是正勧告を行います。もっとも,この是正勧告は一種の行政処分であり強制力はありません。
 しかし,これに従わなかった場合や,形だけの改善を行い是正報告する等,悪質で改善の傾向がみられない場合には,検察庁へ送致(書類送検)となり,刑事手続が執られることとなります。
 どのような場合に送検となるかの明確な基準はありませんが,東京労働局の発表によりますと,以下のような事例で送検されております。
 ① 貨物運送業において,「36協定」未届けのうえ,時間外労働が月127時間を超えていたもの
 ②「36協定」では月45時間を上限とし,特別条項として年6回,上限80時間の延長としていたところ,年6回の回数制限を超えて時間外労働をさせていたいもの
が挙げられております。①「36協定」を締結していないか,②締結されていても形骸化しており守られていないといった場合に送検される可能性があるといえるでしょう。


● 民事上の責任


 上記のように労基法上は「36協定」を締結し,特別条項を定めておけば,現行制度上では時間外労働の上限はありません。しかし,従業員が過労死した場合,会社は民事上の責任を負う場合があります。
 厚生労働省はどのような場合に過労死となるかの基準として,いわゆる「過労死ライン」を公表しております。それによりますと,
 ① うつ病発症前1~6ヶ月の期間にわたって時間外労働が45時間を超える場合は,その時間が長くなるほど業務との関連性が強まる
 ② 発症前1ヶ月の時間外労働が100時間,又は発症前2~6ヶ月の期間にわたって時間外労働が80時間を超える場合は関連性が強いと評価する
となっております。つまり時間外労働月100時間で過労死と認定されることになります。
 そして,判例上,企業は,従業員の労務管理を適切に行う安全配慮義務を負っているとされており(最判平成12年3月24日民集第54巻3号1155頁参照),民法上の損害賠償責任を負うこととなります。ちなみに,安全配慮義務は,雇用契約に付随する義務と解されています。


● コメント


 D社は,「36協定」により月の時間外労働時間の上限を70時間と定めておりました。しかし,実際には上限を超えた長時間労働が常態化していたのではないかとみられています。また,従業員には,時間外労働時間を過少申告するように指導しており,「36協定」が守られていないだけではなく,違反の隠蔽を指導していたともいわれており,より悪質な労基法違反と判断される可能性が高いといえます。
 そして,一つ強調しておきたいのは,上記労務管理に関する安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めた平成12年最高裁判決の事例は,同じくD社における過労死による損害賠償請求の事案であったという点です。
当然のことですが,D社側は,当時再発防止に努めるとしていました。そうであったにも関わらず,今回の事件が起きてしまいました。これは,改善どころか,むしろ,より巧妙な隠蔽を行っていた悪質な事案ではないかと判断され,送検される可能性は高いと思います。当職の個人的な意見としては,「一罰百戒」の姿勢で臨んでもおかしくないと考えています。
 さらに,民事でも安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性が高いです。
 このように従業員が過労により自死してしまった場合,労働基準監督署からの行政処分だけでなく,刑事責任や民事責任も同時に生じる可能性があります(労基法は,単に労使間の関係を規律した法律ではなく,刑事罰も規定している結構恐ろしい法律です。)。
 事業主の皆さんにおかれましては,「36協定」を締結して労働局に届け出ているか,時間外労働の上限を定めているか,定めていたとして過労死ラインを超えていないか等を,今一度見直してみてはいかがでしょうか。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.10.14更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 今日10月14日は「鉄道の日」ですが,昨日13日に当職がとくに注目したニュース報道が2件ありました。
 まず一つ目は,スウェーデン・アカデミーが,ノーベル文学賞を米国の歌手ボブ・ディランさん(75)に授与すると発表したというニュースです。歌手(ボブ・ディランさんはシンガーソングライターです。)が同賞を受賞するのは初めてのことです。
 スウェーデン・アカデミーは,ボブ・ディランさんを「偉大なアメリカ歌謡の伝統の中で新たな詩的表現を創造した」と評価しました。どうでもいい話ですが,ボブ・ディランと聞きますと,ガロの『学生街の喫茶店』の歌詞を思い出します。


 つぎに二つ目は,タイの国王であるプミポン国王(88)が崩御なされたというニュースです。わが国では「プミポン国王」の名称で知られていますが,これは通称であり,ラーマ9世(チャクリー王朝第9代のタイ国王)が正式です。在位期間は,1946年6月9日から2016年10月13日までという70年にも及びました。世界で最も長く君臨していた国家元首であり,何世代にもわたってタイの社会を支えた存在だったといえるでしょう。
 ちなみに,通称であるプーミポンアドゥンラヤデートは,「大地の力・並ぶ事なき権威」の意味だそうで,本来はタイ語においては(称号なども含めて)後ろのアドゥンラヤデートと不可分一体であり,プーミポンだけで呼ばれることはほとんどないそうです。


 ニュース報道等をみますと,タイの国全体が喪に服している状態です。
 嘆き悲しむ国民たちは,国王の肖像画を掲げ,タイの首都バンコクの街角で祈りをささげていました。国王が治療を受けていたシリラート病院の外に集まった群衆の多くは,王に幸運が訪れることを願ってピンク色の服を着ていました。プミポン国王がタイで敬愛されていることの証左といえます。
 タイ王国は立憲主義の国ですが,政府に問題が起こったときには国王が仲裁役として大きな役割を担ってきた歴史があることは皆さんご存じのとおりです。70年間に及ぶ在任中,クーデターや政治的な対立が起きたとき,国王は常に政治的な権力を行使してきました。2014年5月にもクーデターが発生しましたが,現在は国王の承認を得たのち,軍政の支配下にある状況です。
 懸念されるのは,プミポン国王の崩御により,タイが今後政治的に不安定な時期に入るのではないかという点です。マハ・ワチロンコン王太子(わが国のマスメディアは「皇太子」と表記・呼称するのですが,皇帝や天皇の継承者ではないのですから,誤用であると思います。)が王位を継承するのはよいとして,圧倒的に力量やカリスマ性が先王に劣ることは紛れもない事実だからです。新国王が先王ほど国民や政治に対して強い影響力を持たないおそれがあるとすると,王位を実質的な意味で簒奪しようとする輩が現れる可能性は否定できません。
 タイ国民は「まことの時」に遭遇しています。悲しみを乗り越えて,国難を乗り切っていただきたいと切に願っています。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.27更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 最近のテレビジョン放送のニュース報道を視聴しておりますと,ある犯罪の被疑者の画像や,犯罪・災害等で亡くなられた方の画像が使用される場合,「Facebook」よりというという文言が添えられたうえで,放映されていることが多く見られます。
 この場合,各テレビ局は画像の使用許諾を被疑者や遺族に取ってから使用するのでしょうか?それとも,情報をWebサイトにあげた時点で万人にダウンロードされることは想定の範囲内として扱われてしまうのでしょうか?
 そこで,今回はニュース報道とFacebookの画像使用について説明いたします。

ちなみに,Fasebookの利用規約

2.コンテンツと情報の共有
「公開」の設定を使用してコンテンツまたは情報をすべての人に公開するということは,Facebookを利用していない人を含むあらゆる人がその情報にアクセスして使用でき,投稿した人の名前やプロフィール写真などと関連付けることが可能だということを意味します。


●報道目的の利用は,著作権法上認められている


 Facebook等のSNSの写真を被疑者等の承諾なく利用するという意味においては,写真の著作権の侵害の有無が問題となり得ます。

 SNSの写真の場合,前提として,「その撮影者(著作者)は誰か」という問題があります。この問題は,自撮りの写真であれば本人が著作者であり,別の人が撮影したのであればその別の人が著作者となります。

 そして,著作者が誰であるにせよ,報道機関が,事故の被害者はどういう人なのかということを報道する目的で,SNSの写真を使用(新聞掲載やテレビ放送)したという場合,そのような利用は著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)により認められているので,違法であるとはいえません。


【参照条文】 著作権法第41条

(時事の事件の報道のための利用)

第41条  写真,映画,放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には,当該事件を構成し,又は当該事件の過程において見られ,若しくは聞かれる著作物は,報道の目的上正当な範囲内において,複製し,及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。


 ちなみに,ネットが媒体でも,それが報道であれば,著作権法41条により写真の使用が認められます。


 もちろん,著作権法上適法となる使用は必ずしも報道目的に限られません。「報道」のみならず,「批評,研究その他」の目的であれば,著作権法32条に基づく「引用」として,写真の使用が認められる可能性があります。

 

【参照条文】 著作権法第32条

(引用)

第32条  公表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

2  国若しくは地方公共団体の機関,独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し,その著作の名義の下に公表する広報資料,調査統計資料,報告書その他これらに類する著作物は,説明の材料として新聞紙,雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし,これを禁止する旨の表示がある場合は,この限りでない。


 よって,例えば,まとめサイトの場合も,誰かに関する記事をまとめたうえでコメントや分析がなされているようなものであれば,その人の写真を貼ったとしてもそれは,広い意味では「批評」や「研究」を目的とした「引用」として認められるケースもあり得るでしょう。
 他方,2ちゃんねるなどの掲示板に,何のコメントも付けずに,亡くなった人の写真をただ貼り付けたような場合は,「報道,批評,研究その他」に該当する余地がないため,正当な「引用」には該当せず,著作権法上違法であるということになると思います。


●亡くなられた方の画像が使用される場合,遺族の「敬愛追慕の情」が侵害されたかどうかがポイント


 以上の場合とは異なり,犯罪・災害等で亡くなられた方の画像が使用される場合,亡くなったご本人が,自分のSNSの写真を報道写真などに使われることを想定しているとは考えがたいのではないかという疑問は,そのとおりであると思います。
 そのような観点から,亡くなったご本人の権利(たとえば肖像権やプライバシー権)を侵害するのではないかと考える方がいるかもしれません。
 しかし,ご本人は亡くなっているため,法律上はもはや,権利の主体となることができません。よって,亡くなったご本人自身の権利の侵害は問題とはならないのです。

 問題となるのは,遺族の権利です。
 亡くなった人のメディアでの扱われ方によっては,遺族の方の「故人に対する敬愛追慕の情」が侵害されたとして,遺族の方々の損害賠償請求が認められることがあり得ます。
 たとえば,報道機関が,亡くなった方の容貌を報じるためにSNSの写真を新聞に掲載したり,テレビニュースで放送したりしたような場合,通常,亡くなった方を貶めるものとはいえませんので,敬愛追慕の情の侵害があったとはいえないでしょう。
 他方で,インターネットの掲示板やまとめサイトなどで,亡くなった人の写真を掲載したうえで,たとえば「かわいい」「かわいくない」「イケメンだ」「キモイ」等と容貌をあげつらうような採り上げ方がなされている場合には,遺族の方々の心がとても傷つくということがあり得るでしょう。
 そのような場合には,遺族の方々の「故人に対する敬愛追慕の情」の侵害が認められる可能性があると思います。
 もっとも,掲示板やまとめサイトの場合,その実行者が誰であるかを突き止めるのが難しいという実際上・事実上の問題はあることはご承知おきください。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.26更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 先週9月22日に興行収入100億円を突破し,動員数770万人を超える大ヒットを記録している日本のアニメーション映画があります。その名は『君の名は。』。ニュース報道によりますと,日本の劇場アニメで興業収入が100億円を突破したのは,宮崎駿監督作品以外で初めてのことだそうです。「認識しないで評価するな」という言葉のとおり,まずはこの大ヒット作品を自分の目で確かめるべく映画館へ行きました(事務所近くに「TOHOシネマズ日本橋」といういい映画館があります。)。

 監督は,『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』などの作品で知られる新海誠監督,音楽は若年層を中心に高い人気を誇るRADWIMPSが担当しています(劇中歌が効果的に流されており,非常に心地よかったです。)。そして,プロデューサーを『モテキ』『バケモノの子』『怒り』などのヒット作をプロデュースしてきた川村元気さんが務めています。さらに主人公の一人である立花瀧くんのCVをあてた神木隆之介くんがいれば大ヒット間違いありません(神木くんは『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』にも出演しています。本作の女役の演技も素晴らしかったです。)。

 8月26日に公開されてから約1ヶ月となりますが,映画館はかなり盛況の様子であり,もはや社会現状といってもいいでしょう。劇場に入るとほぼ満席となっており,観ている層も10代20代の若年層だけではなく,老若男女あらゆる世代がおられました(ちなみに,当職は中年層の男性として一人で観に行きました。)。

 新海誠作品といえば,その映像美です。『君の名は。』においても存分に発揮されています。「空」「雲」「光」「闇」「水」「山」「湖」「彗星」などの自然はもちろん,「街」「駅」「電車」「学校」「公園」「カフェ」などの建築物等の描かれ方も緻密で繊細でした。単純に理屈なく「美しい」「綺麗だな」と感じました。また,東京の聖地「新宿」「代々木」「信濃町」「四ツ谷」などはあの場所かなと思いをはせましたし,モデルとなった飛騨高山や諏訪湖などはGWに行ったばかりであったので,感慨深いものがありました。
 ただ,これまでの新海誠作品と比べてもっとも強く感じた点は,「ハッピーエンドに対する素直さ」です。例えば『秒速5センチメートル』におけるなんともほろ苦い結末(幼いころからお互いを思い合っていた男女が,成長とともに様々な差を埋められなくなり,男は現実に敗れ過去の女の幻想にすがり,女は他の男と結婚する等のエピソード)とは,『君の名は。』の結末との間でかなりのギャップがあります。ラストシーンにおける,すれ違う二人がお互いに気づくか気づかないかの結末がそのことを象徴しています(当職もラスト間際に「気付け!」「気付いてくれ!」と素直に念じていました。)。主人公の瀧くんも,もう1人の主人公・宮水三葉ちゃんも,思考を止めることなく智慧をしぼり,運命に抗い,最後の最後まで絶対に諦めない姿勢を貫いていました。
 これまでの新海誠作品には「現実に対する諦観」というものが見え隠れしていました(ここが好き嫌いの分かれるところでしょう。ちなみに,当職はハッピーエンドの方が好きです。まぁ実際は結構ブラックな面も否めませんが)。もちろん,人間はそんなに美しくものではないし,美しい面もあれば醜い面もあります。綺麗ごとばかり並べ立てても胡散臭く感じてしまうかもしれません。しかし,だからといってそこで諦めてしまうのか,「それでも」人間には無限の可能性があり,美しいものであると信じてみたい。新海監督は徹して美しさを描き切ることによって,本作は,人間が素直に感じることのできる「希望」を体現していました。『機動戦士ガンダムUC』に登場するマリーダ・クルスの台詞に「これからどんな現実に直面しても,自分を見失うな“それでも”と言い続けろ」というものがありますが,映画を見ながらマリーダの台詞を思い起こしていました。

 現代社会は閉塞感があるなどと言われて久しいですが,若年層はやはり「希望」を渇望しているのではないでしょうか。そして,若年層だけでなく,あらゆる層の人たちが「希望」を望んでいるはずです。『君の名は。』は1200年周期で訪れるティアマト彗星による災害を扱っています(劇中では1度村が滅びました。)。5年前の東日本大震災,今年4月の熊本地震,その他台風による被害など,我々は1000年の1度の災害の当たり年に生きています。「せめて映画の中くらい希望を見せてほしい」との衆望を『君の名は。』は具現化しているように思います。


 ちなみに,三葉ちゃんが通っていた糸守高校には,別の新海誠作品である『言の葉の庭』に出ていたユキノ先生が登場していました(ちなみにクレジットには「ユキちゃん先生」と記載されていました。)。この時の授業で,カタワレ時(この世ならざるものに出会う時間,黄昏のこと。若干ネタバレとなりますが,「カタワレ時」であったからこそ時空を超えて二人は出会えたのでしょう。劇中のシーンの中でも一番いいシーンの一つです。)の話がされています。
 ユキちゃん先生は,万葉集に出てくる
 「誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」(万葉集10巻2240番)
という句を黒板に書き,黄昏の語源について教えていました。黄昏の語源である「誰そ彼」は,「彼は誰だ?」→「君の名は?」と変換でき,作品を象徴するものとなっています(ラストシーンでは「君の名前は?」と言っていました。)。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.20更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 「週刊少年ジャンプ」を代表する人気漫画で「こち亀」の愛称で親しまれる「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が先週末の9月17日に最終回を迎えました。しかも,「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻とではエンディングが異なるという粋なはからいもありました。17日発売当日の書店には「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻が平積みされており,当職も,多くの人たちが手に触れ,レジに並んでいく光景を目の当たりにしました(かくいう当職も購入するかどうか迷った挙句,結局購入しませんでした。秋本先生,申し訳ありません。)。

 ちなみに,上記「週刊少年ジャンプ」の表紙を飾ったのは最終回を迎えた「こち亀」でしたが,これは「週刊少年ジャンプ」のはからいとしては極めて異例なことです。「週刊少年ジャンプ」は最終回を迎えた作品を表紙にすることはないのです(例外は「SLAM DUNK」だけだと思います。)。これは,「週刊少年ジャンプ」の理念として,常に「これからの作品」を大切にしたいというものがあるからです。「週刊少年ジャンプ」は,いつでも「未来」に向かって作られているのです。


 「こち亀」の連載終了は,作者の秋本治先生が今月3日に神田明神において「こち亀絵巻」の奉納を済まされた後,自ら発表されるという異例の形でした。ネットニュースでその報に接した時は,驚きを禁じ得ませんでした。「こち亀」は1話完結型の漫画ですから,その気になればいつでも終わらせることができる類の漫画です。秋本先生の中では「200巻」を一つの節目と考えておられたのでしょう。実際単行本の厚さが200巻に近づくにしたがって厚くなっています。
 何はともあれ,秋本先生,本当にお疲れ様でした。一ファンとして感謝申し上げます。


 当職は,小学校低学年ころから「週刊少年ジャンプ」を読み始め(最初「ジャンプ」に触れたのは廃品回収の時でした。),綺羅星のような漫画群の一つに「こち亀」がありました。90年代には653万部の歴代最高部数を達成していますが,係る「週刊少年ジャンプ黄金時代」を支えたのも「こち亀」でした。

 「こち亀」の最も驚くべき点は,「連載が1回も休載せずに40年も続いたこと」ではないでしょうか(作者が取材や体調不良のために休載することが通常のなかで,これは驚異的です。しかも秋本先生は「こち亀」以外にも連載をお持ちです。)。「こち亀」は当初ギャグ漫画として開始されました。一般的に「ギャグ漫画は短命」といわれているところですが,上記の事実は,「こち亀」が単なるギャグ漫画ではないことの証左といえましょう。

 「こち亀」の魅力といえば主人公である両さんこと両津勘吉ですが,連載当時の両さんは,天丼を盗み食いした猫に銃を乱射したり,道を聞く民間人に対し怒って追い返したりする乱暴者の側面もありました(そういえば,「元祖天才バカボン」に登場する本官さんも銃を乱射していました。現在では法令遵守の観点から描くことは難しいでしょう。)。
 しかし,現在の両さんのキャラは,乱暴者というイメージはありません。両さんは江戸っ子よろしく困っている人を助けたり,曲がったことは大嫌いで筋を通します。人を容姿などで差別しないし,下町の人々ともオープンに交流しています。しばしば掲載されていた「人情噺」は結構泣ける話が多かったですし,とくに両さんの子ども時代のノスタルジックなエピソードは,「昭和の東京の郷土史」という深みさえ与えています(ちなみに,当職的には両さんの欲望の赴くままに生命力豊かな姿が好きでしたし,はちゃめちゃで時代を少し先取るエピソードが好きでした。)。

 両さんの主人公としての魅力に加え,「こち亀」には「マニアックな情報が半端ない量」ありました(小ネタの数々は少年の心を鷲掴みしました。)。たとえば,両さんの後輩である中川圭一は自動車のコレクターのため,初期は迫力あるカーチェイスも当たり前で,描写も緻密でした(この点だけとってみても「こち亀」は単なるギャグ漫画ではありません。)。飛行機や戦車など兵器やオタク心を刺激する数々のメカには心躍りました。
 秋本先生のマニアックさは,やがて「ホビー」の分野に向けられていきました。サバイバルゲームなどアウトドアから切手やフィギュア,そしてゲームやパソコンといったインドアに移行し,果ては「艦これ」などの紹介もするにいたりました(新しすぎます。秋本先生のアンテナは敏感ですね。)。
 情報量の多さは,数々のマニアックなサブキャラクターを登場させました。シリアスながら抜けたところもある「星 逃田(ほし とうでん)」や,世界の戦場を渡り歩いたために日常でも重火器を持ち歩く「ボルボ西郷」,超エリートだが顔の怖い「凄苦 残念(すごく ざんねん,旧名・法条正義)」などなど。これら濃い顔ぶれが「たまに出る」のに記憶には残っています。キャラの層がぶ厚すぎます。
さらに,秋本先生の生み出したキャラクターの中でも「女性キャラクターの充実」という点を見逃すことができません(比較的強めの女性が多いような気がします。)。「マリアこと麻里 愛」(登場時は男性でしたが,後に女性となりました。)とや「磯鷲 早矢(いそわし はや)」らのヒロインたちは女性キャラに活躍の場を増やしましたし,両さんの新たな魅力も引き出し,「こち亀」にさらなる奥行きを加えました。

 そうした方向の到達点の一つが「擬宝珠(ぎぼし)家」の人々といえるでしょう。両さんと結婚話まで持ち上がった「纏(まとい)」,その妹で幼稚園児の「檸檬(れもん)」,祖母で一家を束ねる「夏春都(げぱると)」は個性派ぞろい。自由気ままな独身生活を続ける両さんが疑似的とはいえますがいわゆる「家族ドラマ」の中に置かれることによって,何でもありの「こち亀」の幅をさらに広げていきました。


 「こち亀」がただギャグだけに徹していたなら,「週刊少年ジャンプ」という苛烈な戦場において,ここまでの長期連載を勝ち取ることは難しかったような気がします。非日常を描き切ることで何ともいえない爽快感が得られましたし,豊富な雑学ネタ,ハイテクやホビー,人情噺や家族といった要素を貪欲に取り込むことによって,秋本先生は「長期連載に耐え得るシステム」を構築されていかれたと思います。40年もの歳月,ゆうに親子2世代を超えた支持を勝ち得たことはまさに漫画界の金字塔といえます。
 ちなみに,両さんは有給を消費されるとのことですが,おそらく有給は残っておらず,すでに使い果たしていることでしょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 今から416年前の本日9月15日は,あの「関ヶ原の戦い」が行われた日です(もちろん旧暦ですが)。戦いに勝利した徳川家康は,ついに天下取りへと突き進むこととなります。文字どおり,関ヶ原は「天下分け目の戦い」だったといえます。
 先日11日にNHKで放送された大河ドラマ『真田丸』(毎週楽しみに視聴しております。)第36回『勝負』においても「関ヶ原の戦い」が描かれましたが,藤井隆さん演じる佐助からの報告だけで1分足らずで終わってしまいました。ネット等では「超高速関ヶ原」,「斬新な脚本」などと評されています。この三谷幸喜さんの演出は,あくまでも真田家の目線で描かれているという説明が多いのですが,当職は,横山光輝『三国志』(以下『横山三国志』といいます。)へのオマージュともとれると思います。
 『横山三国志』といえば,三国志前半の見せ場である『官渡の戦い』をわずかなコマで描いた(描いていないという見方もできます。)というシーンがあります。三谷さんが『横山三国志』のファンであることからすれば,「超高速関ヶ原」は決して「斬新な脚本」ではなく,『横山三国志』を意識されていた脚本ではないかと推察します。ちなみに,劇中で本多正信が食していた「鶏肋」は,名門の子弟として生まれ,曹操に仕えその才能を愛されたものの,曹氏の後継者争いで曹植に味方したため,その才能を警戒され殺害された楊修のエピソードを彷彿させます。


 明治時代初期,陸軍大学校の教官に招かれて来日したドイツの軍人メッケル少佐は,関ヶ原での両軍の布陣を見るや,「西軍の勝ち」と即座に答えたという有名なエピソードがあります。戦術的に見れば,石田三成の勝利であったわけです。しかし,実際はそうはならなかった。決定的だったのは小早川秀秋の裏切りでした(それ以外にも家康の裏工作によって西軍の士気は低く,内通者も多かったようです。戦略的にはすでに家康が勝っていたといえるかもしれません。)。

 歴史にifはありませんが,もし「西軍の勝利」となっていれば,大坂(当時はこう表記しました。明治になるまで用いられました。現在は「大阪」ですからお気を付けください。)で豊臣秀頼を中心とした政治が行われたか(現在の秀頼研究の成果をふまえれば,この可能性は十分あり得たと思います。),はたまた再び戦乱の世に逆戻りしたことも考えられます(この場合,信長・秀吉・家康の「三英傑」を超える人物が登場しなければ天下統一は果たせないわけですが,あまり期待できなさそうです。)。

 いずれにしても,家康が敗れていたならば,1603年の「江戸幕府」開府はなかったことでしょう。「現在の東京を中心とした日本の繁栄は,関ヶ原に始まった」ともいえるかもしれません。

 実際の歴史では,関ヶ原の敗戦後,毛利家は120万余石から36万9000石という大幅な減封処分を受けて屈辱を強いられるものの,長州藩として家名は保ちました。毛利家ではこの屈辱を代々伝えて決して忘れず,その執念が250年の時を経て,倒幕の中心となって日本の歴史を大きく動かした明治維新の原動力となります。明治維新後は,最も内閣総理大臣を輩出した県としていまだ君臨しているわけですから,歴史というものは実に面白いものです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.10更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 昨日平成28年9月9日,強姦致傷の被疑事実で逮捕・勾留されていた若手俳優・TYさん(以下「加害者とされた男性」といいます。)が不起訴処分(公訴を提起しないという終局処分です。)となり,群馬県警察前橋警察署から釈放されました。この件に関し,担当した弁護人弁護士が報道各社にFAXで事件についての声明を発表いたしました。
 当職もFAXの内容を拝見したのですが,何となく違和感を覚えました。また,FAXの内容のなかには,一般の方には馴染みにくい話も出ていましたので,今回は,当職の違和感と内容の解説を行ってみます。


●そもそもの違和感

 本件のような性的犯罪については,弁護士は加害者側も被害者側も代理人や弁護人として活動します。また,被害者にはセカンドレイプ等に遭わないような配慮をするのが通常です。担当弁護人は,加害者とされた男性が名誉回復し,できるだけ早期に社会復帰できる環境を整える意図があったのかもしれませんが,少なくとも当職は,被害者とされた女性のことを思うと,コメントはしないという選択をいたします(異論はあると思いますが)。

 加害者とされた男性が不起訴処分及び釈放とされた最大のポイントは,被害者とされた女性との間に示談が成立したことです。ただ,示談が成立したということは,被疑事実を認めた(自白した)ことを前提とするのが通常なのですが(少なくともこれまでのニュース報道では自白していたはずです。),その後で,「仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。」と主張するのはあまりありません。
 そもそも,捜査段階において,捜査機関には事実認定権はありません。担当弁護人も「私どもは(加害者とされた男性)の話は繰り返し聞いていますが,他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので,事実関係を解明することはできておりません」と述べていますが,事実認定はあくまでも起訴後裁判所が行うものなのです。
 とくに問題であると思うのは,本件のような事案であれば,事案の性質上,被害者とされた側からの反論可能性はなく,加害者とされた男性側からの一方的な発表となってしまうという点です。といいますのは,不起訴処分にした検察側から事実関係が語られることはまずあり得ませんし(おそらく「察してくれ」という程度でしょう。),被害者とされた女性も沈黙することが明らかである(セカンドレイプの問題もあります。)からです。そもそも,被害者とされた女性がコメントを発表することに対し承諾していたのか,知っていたのかも分かりません。もし,被害者とされた側からの反論可能性がないことを踏まえたうえで,FAXによる説明を行ったとすれば,担当弁護人は相当な戦略家といえます(担当弁護人は「無罪請負人」で知られる著名な弁護士事務所の所属弁護士でありますから,十分考えられます。)。


●事実関係に関するコメント
 

 担当弁護人は,不起訴処分及び釈放に至ったのは,示談成立が考慮されたのが事実としながら,「悪質性が低いとか,犯罪の成立が疑わしいなどの事情ない限り,起訴は免れません。お金を払えば勘弁してもらえるなどという簡単なものではありません」と述べています。本件のような性的犯罪に対しては,捜査機関もかなり厳しい対応をとるのが一般的なので,そのこと自体に異論はありません。ただ,FAXの文脈からは,本件は悪質性が低く,犯罪の成立も疑わしく,(示談で支払った)お金のせいでもないと主張しているのと同義ではないかとの疑念が出てきます。ニュース報道で知る情報でしかありませんが,加害者とされた男性は被疑事実を認めていたといいます。被害者とされた女性はこのFAXをどのような感情で読んだのでしょうか。心中察するに余りあります(声明を発表することも含めたうえでの示談かもしれませんが)。

 また,担当弁護人は,「知り得た事実関係に照らせば,加害者とされる男性の方では(姦淫行為に対し)合意があるものと思っていた可能性が高く,少なくとも,逮捕時報道にあるような,電話で『部屋に歯ブラシを持ってきて』と呼びつけていきなり引きずり込んだ,などという事実はなかったと考えております。つまり,先ほど述べたような,違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし,仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり,不起訴という結論に至ったと考えております。」と述べています。
 これはあくまでも加害者とされた男性側の主張にすぎません。実際の裁判においては,客観的証拠に加え,加害者とされた男性の「合意があると思っていた」認識と,被害者とされた女性の供述(証言)を突き合わせたうえで,「事実」を認定します。「裁判になっていれば無罪主張をしたと思われた」というのですが,捜査段階において,加害者とされた男性は犯罪事実に関する供述調書を一通も署名・指印していないのでしょうか。この箇所は少ししゃべりすぎの印象を受けます。

 一般の方が理解しにくい部分は,「一般論として,当初は,同意のもとに性行為が始まっても,強姦になる場合があります。すなわち,途中で,女性の方が拒否した場合に,その後の態様によっては強姦罪になる場合もあります。このような場合には,男性の方に,女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ,故意がないので犯罪にはなりません。」とのコメントではないでしょうか。
 この箇所は,刑法を学習していないとなかなか腑に落ちないと思います。ここで,担当弁護人が言いたいのは,つぎのとおりです。

 まず,女性が拒否するということは姦淫行為に対して承諾を与えていないということです。そうすると,無理やり姦淫行為に及んだこととなり,客観的には強姦罪の構成要件に該当することとなります。ただ,男性の方は,女性は姦淫行為に対して承諾していると勘違い(錯誤に陥っているといいます。)しているため,そもそも悪いこと(強姦という犯罪行為)をしているという意思がないこととなります。すなわち,主観的に男性には強姦罪という犯罪を行う意思(故意)がないこととされます。よって,強姦罪の構成要件に該当せず犯罪が成立しないこととされるのです。担当弁護人はこのことを述べているのです(いわゆる「和姦」の主張です。)。
 まぁ一般論としての理屈はそうなのですが,実際の裁判において和姦の主張が通ることはめったにありません(当職もほとんど負けています。)。

 

●被害者とされた女性に関するコメント


 冒頭でも述べましたとおり,当職であれば,コメントは発しません。今後,報道が過熱すれば,被害者とされた女性は探られたくない腹を探られる思いになることは必至です。
 被害者とされた女性の側からすれば,とくにこれだけ注目され,報道されている事件に関して,長い裁判に付き合い,そして闘っていくことは,心身ともに疲弊することとなるでしょう。また時間も労力も多大な犠牲を要求されます。
 示談の経緯については,当職はコメントできる立場ではありませんが,たとえ加害者とされた男性を許していなかったとしても,示談を選択する事情は,心情として十分理解できますし,その選択もまた非難されるべきではないと思います。
 本件の事実関係は,一旦藪の中に消えました。今後明らかとなる機会がなくなったからです(もちろん,まったくなくなったわけではありません。)。ただ,被害者とされた女性には自分を責めることはしないでいただきたいと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.01更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日9月1日は『防災の日』です。この日は,関東大地震を教訓とするために定められました(昨年の今日「9月1日は『防災の日』」と題するブログを書いておりますので,興味のある方はご覧ください。)。

 この日にはもう一つ,防災に関する由来があるのをご存じですか。
 それは「二百十日」という厄日です。

 古来わが国では,二百十日は暦の上で雑節の一つとして,江戸時代初期の1656年(明暦二年)に,伊勢暦で初めて使用され,貞亨改暦(1684年)の際,幕府天文方に就任した渋川春海によって,初夏を知らせる八十八夜とともに,暦に記載されました。

 この雑節は,立春から数えて210日目の日,太陽暦では9月1日ころが,220日目の二百二十日とともに,台風が襲来する厄日とされています(最近では,閏年のため日にちがずれてきていますが,この時期が台風シーズンであることは統計上疑いありません。)。

 関東大震災時にも,折からの突風が吹き荒れており,東京は3日間にわたって燃え広がり,出火規模は130カ所以上にのぼったといわれています。


 もともとは,稲の穂が出始める時期の,農事のうえで大切な時期に台風が襲来し,田んぼが泥水につかったり,強風で稲の花が吹き飛ばされてしまい,せっかく丹精に作ったお米が実らなくなってしまうことから,凶作に見舞われる「厄日」とされていました。

 この日は日本の文豪達の執筆活動や,私生活にも影響を与え,作品にまでなったものもあります。
 代表的なものとしては,夏目漱石の『二百十日』(タイトルそのままです。当職の故郷である熊本の阿蘇山が舞台です。)や松尾芭蕉の『野分』(実は,野分というのは,二百十日や二百二十日前後に吹く強風のことです。今でいうところの台風ですね。)が有名です。


 先週から今週にかけては台風10号による大雨の影響によって,東北や北海道において甚大な被害が発生しました。孤立している住民の方がおられる地域もあります。謹んでお見舞い申し上げます。

 統計的には,この厄日にとくに台風が襲来しやすいというだけではなく,「9月の台風シーズンを控えての心構え」という意味をこめて命名されたとも言われています。まさに「油断大敵」といえましょう。
 いずれにしても,「二百十日」という雑節と,「関東大地震」が,防災の日の制定に,大きく関わっていることには間違いありません。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

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