弁護士ブログ

2016.09.27更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 最近のテレビジョン放送のニュース報道を視聴しておりますと,ある犯罪の被疑者の画像や,犯罪・災害等で亡くなられた方の画像が使用される場合,「Facebook」よりというという文言が添えられたうえで,放映されていることが多く見られます。
 この場合,各テレビ局は画像の使用許諾を被疑者や遺族に取ってから使用するのでしょうか?それとも,情報をWebサイトにあげた時点で万人にダウンロードされることは想定の範囲内として扱われてしまうのでしょうか?
 そこで,今回はニュース報道とFacebookの画像使用について説明いたします。

ちなみに,Fasebookの利用規約

2.コンテンツと情報の共有
「公開」の設定を使用してコンテンツまたは情報をすべての人に公開するということは,Facebookを利用していない人を含むあらゆる人がその情報にアクセスして使用でき,投稿した人の名前やプロフィール写真などと関連付けることが可能だということを意味します。


●報道目的の利用は,著作権法上認められている


 Facebook等のSNSの写真を被疑者等の承諾なく利用するという意味においては,写真の著作権の侵害の有無が問題となり得ます。

 SNSの写真の場合,前提として,「その撮影者(著作者)は誰か」という問題があります。この問題は,自撮りの写真であれば本人が著作者であり,別の人が撮影したのであればその別の人が著作者となります。

 そして,著作者が誰であるにせよ,報道機関が,事故の被害者はどういう人なのかということを報道する目的で,SNSの写真を使用(新聞掲載やテレビ放送)したという場合,そのような利用は著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)により認められているので,違法であるとはいえません。


【参照条文】 著作権法第41条

(時事の事件の報道のための利用)

第41条  写真,映画,放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には,当該事件を構成し,又は当該事件の過程において見られ,若しくは聞かれる著作物は,報道の目的上正当な範囲内において,複製し,及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。


 ちなみに,ネットが媒体でも,それが報道であれば,著作権法41条により写真の使用が認められます。


 もちろん,著作権法上適法となる使用は必ずしも報道目的に限られません。「報道」のみならず,「批評,研究その他」の目的であれば,著作権法32条に基づく「引用」として,写真の使用が認められる可能性があります。

 

【参照条文】 著作権法第32条

(引用)

第32条  公表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

2  国若しくは地方公共団体の機関,独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し,その著作の名義の下に公表する広報資料,調査統計資料,報告書その他これらに類する著作物は,説明の材料として新聞紙,雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし,これを禁止する旨の表示がある場合は,この限りでない。


 よって,例えば,まとめサイトの場合も,誰かに関する記事をまとめたうえでコメントや分析がなされているようなものであれば,その人の写真を貼ったとしてもそれは,広い意味では「批評」や「研究」を目的とした「引用」として認められるケースもあり得るでしょう。
 他方,2ちゃんねるなどの掲示板に,何のコメントも付けずに,亡くなった人の写真をただ貼り付けたような場合は,「報道,批評,研究その他」に該当する余地がないため,正当な「引用」には該当せず,著作権法上違法であるということになると思います。


●亡くなられた方の画像が使用される場合,遺族の「敬愛追慕の情」が侵害されたかどうかがポイント


 以上の場合とは異なり,犯罪・災害等で亡くなられた方の画像が使用される場合,亡くなったご本人が,自分のSNSの写真を報道写真などに使われることを想定しているとは考えがたいのではないかという疑問は,そのとおりであると思います。
 そのような観点から,亡くなったご本人の権利(たとえば肖像権やプライバシー権)を侵害するのではないかと考える方がいるかもしれません。
 しかし,ご本人は亡くなっているため,法律上はもはや,権利の主体となることができません。よって,亡くなったご本人自身の権利の侵害は問題とはならないのです。

 問題となるのは,遺族の権利です。
 亡くなった人のメディアでの扱われ方によっては,遺族の方の「故人に対する敬愛追慕の情」が侵害されたとして,遺族の方々の損害賠償請求が認められることがあり得ます。
 たとえば,報道機関が,亡くなった方の容貌を報じるためにSNSの写真を新聞に掲載したり,テレビニュースで放送したりしたような場合,通常,亡くなった方を貶めるものとはいえませんので,敬愛追慕の情の侵害があったとはいえないでしょう。
 他方で,インターネットの掲示板やまとめサイトなどで,亡くなった人の写真を掲載したうえで,たとえば「かわいい」「かわいくない」「イケメンだ」「キモイ」等と容貌をあげつらうような採り上げ方がなされている場合には,遺族の方々の心がとても傷つくということがあり得るでしょう。
 そのような場合には,遺族の方々の「故人に対する敬愛追慕の情」の侵害が認められる可能性があると思います。
 もっとも,掲示板やまとめサイトの場合,その実行者が誰であるかを突き止めるのが難しいという実際上・事実上の問題はあることはご承知おきください。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.26更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 先週9月22日に興行収入100億円を突破し,動員数770万人を超える大ヒットを記録している日本のアニメーション映画があります。その名は『君の名は。』。ニュース報道によりますと,日本の劇場アニメで興業収入が100億円を突破したのは,宮崎駿監督作品以外で初めてのことだそうです。「認識しないで評価するな」という言葉のとおり,まずはこの大ヒット作品を自分の目で確かめるべく映画館へ行きました(事務所近くに「TOHOシネマズ日本橋」といういい映画館があります。)。

 監督は,『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』などの作品で知られる新海誠監督,音楽は若年層を中心に高い人気を誇るRADWIMPSが担当しています(劇中歌が効果的に流されており,非常に心地よかったです。)。そして,プロデューサーを『モテキ』『バケモノの子』『怒り』などのヒット作をプロデュースしてきた川村元気さんが務めています。さらに主人公の一人である立花瀧くんのCVをあてた神木隆之介くんがいれば大ヒット間違いありません(神木くんは『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』にも出演しています。本作の女役の演技も素晴らしかったです。)。

 8月26日に公開されてから約1ヶ月となりますが,映画館はかなり盛況の様子であり,もはや社会現状といってもいいでしょう。劇場に入るとほぼ満席となっており,観ている層も10代20代の若年層だけではなく,老若男女あらゆる世代がおられました(ちなみに,当職は中年層の男性として一人で観に行きました。)。

 新海誠作品といえば,その映像美です。『君の名は。』においても存分に発揮されています。「空」「雲」「光」「闇」「水」「山」「湖」「彗星」などの自然はもちろん,「街」「駅」「電車」「学校」「公園」「カフェ」などの建築物等の描かれ方も緻密で繊細でした。単純に理屈なく「美しい」「綺麗だな」と感じました。また,東京の聖地「新宿」「代々木」「信濃町」「四ツ谷」などはあの場所かなと思いをはせましたし,モデルとなった飛騨高山や諏訪湖などはGWに行ったばかりであったので,感慨深いものがありました。
 ただ,これまでの新海誠作品と比べてもっとも強く感じた点は,「ハッピーエンドに対する素直さ」です。例えば『秒速5センチメートル』におけるなんともほろ苦い結末(幼いころからお互いを思い合っていた男女が,成長とともに様々な差を埋められなくなり,男は現実に敗れ過去の女の幻想にすがり,女は他の男と結婚する等のエピソード)とは,『君の名は。』の結末との間でかなりのギャップがあります。ラストシーンにおける,すれ違う二人がお互いに気づくか気づかないかの結末がそのことを象徴しています(当職もラスト間際に「気付け!」「気付いてくれ!」と素直に念じていました。)。主人公の瀧くんも,もう1人の主人公・宮水三葉ちゃんも,思考を止めることなく智慧をしぼり,運命に抗い,最後の最後まで絶対に諦めない姿勢を貫いていました。
 これまでの新海誠作品には「現実に対する諦観」というものが見え隠れしていました(ここが好き嫌いの分かれるところでしょう。ちなみに,当職はハッピーエンドの方が好きです。まぁ実際は結構ブラックな面も否めませんが)。もちろん,人間はそんなに美しくものではないし,美しい面もあれば醜い面もあります。綺麗ごとばかり並べ立てても胡散臭く感じてしまうかもしれません。しかし,だからといってそこで諦めてしまうのか,「それでも」人間には無限の可能性があり,美しいものであると信じてみたい。新海監督は徹して美しさを描き切ることによって,本作は,人間が素直に感じることのできる「希望」を体現していました。『機動戦士ガンダムUC』に登場するマリーダ・クルスの台詞に「これからどんな現実に直面しても,自分を見失うな“それでも”と言い続けろ」というものがありますが,映画を見ながらマリーダの台詞を思い起こしていました。

 現代社会は閉塞感があるなどと言われて久しいですが,若年層はやはり「希望」を渇望しているのではないでしょうか。そして,若年層だけでなく,あらゆる層の人たちが「希望」を望んでいるはずです。『君の名は。』は1200年周期で訪れるティアマト彗星による災害を扱っています(劇中では1度村が滅びました。)。5年前の東日本大震災,今年4月の熊本地震,その他台風による被害など,我々は1000年の1度の災害の当たり年に生きています。「せめて映画の中くらい希望を見せてほしい」との衆望を『君の名は。』は具現化しているように思います。


 ちなみに,三葉ちゃんが通っていた糸守高校には,別の新海誠作品である『言の葉の庭』に出ていたユキノ先生が登場していました(ちなみにクレジットには「ユキちゃん先生」と記載されていました。)。この時の授業で,カタワレ時(この世ならざるものに出会う時間,黄昏のこと。若干ネタバレとなりますが,「カタワレ時」であったからこそ時空を超えて二人は出会えたのでしょう。劇中のシーンの中でも一番いいシーンの一つです。)の話がされています。
 ユキちゃん先生は,万葉集に出てくる
 「誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」(万葉集10巻2240番)
という句を黒板に書き,黄昏の語源について教えていました。黄昏の語源である「誰そ彼」は,「彼は誰だ?」→「君の名は?」と変換でき,作品を象徴するものとなっています(ラストシーンでは「君の名前は?」と言っていました。)。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.20更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 「週刊少年ジャンプ」を代表する人気漫画で「こち亀」の愛称で親しまれる「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が先週末の9月17日に最終回を迎えました。しかも,「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻とではエンディングが異なるという粋なはからいもありました。17日発売当日の書店には「週刊少年ジャンプ」と単行本200巻が平積みされており,当職も,多くの人たちが手に触れ,レジに並んでいく光景を目の当たりにしました(かくいう当職も購入するかどうか迷った挙句,結局購入しませんでした。秋本先生,申し訳ありません。)。

 ちなみに,上記「週刊少年ジャンプ」の表紙を飾ったのは最終回を迎えた「こち亀」でしたが,これは「週刊少年ジャンプ」のはからいとしては極めて異例なことです。「週刊少年ジャンプ」は最終回を迎えた作品を表紙にすることはないのです(例外は「SLAM DUNK」だけだと思います。)。これは,「週刊少年ジャンプ」の理念として,常に「これからの作品」を大切にしたいというものがあるからです。「週刊少年ジャンプ」は,いつでも「未来」に向かって作られているのです。


 「こち亀」の連載終了は,作者の秋本治先生が今月3日に神田明神において「こち亀絵巻」の奉納を済まされた後,自ら発表されるという異例の形でした。ネットニュースでその報に接した時は,驚きを禁じ得ませんでした。「こち亀」は1話完結型の漫画ですから,その気になればいつでも終わらせることができる類の漫画です。秋本先生の中では「200巻」を一つの節目と考えておられたのでしょう。実際単行本の厚さが200巻に近づくにしたがって厚くなっています。
 何はともあれ,秋本先生,本当にお疲れ様でした。一ファンとして感謝申し上げます。


 当職は,小学校低学年ころから「週刊少年ジャンプ」を読み始め(最初「ジャンプ」に触れたのは廃品回収の時でした。),綺羅星のような漫画群の一つに「こち亀」がありました。90年代には653万部の歴代最高部数を達成していますが,係る「週刊少年ジャンプ黄金時代」を支えたのも「こち亀」でした。

 「こち亀」の最も驚くべき点は,「連載が1回も休載せずに40年も続いたこと」ではないでしょうか(作者が取材や体調不良のために休載することが通常のなかで,これは驚異的です。しかも秋本先生は「こち亀」以外にも連載をお持ちです。)。「こち亀」は当初ギャグ漫画として開始されました。一般的に「ギャグ漫画は短命」といわれているところですが,上記の事実は,「こち亀」が単なるギャグ漫画ではないことの証左といえましょう。

 「こち亀」の魅力といえば主人公である両さんこと両津勘吉ですが,連載当時の両さんは,天丼を盗み食いした猫に銃を乱射したり,道を聞く民間人に対し怒って追い返したりする乱暴者の側面もありました(そういえば,「元祖天才バカボン」に登場する本官さんも銃を乱射していました。現在では法令遵守の観点から描くことは難しいでしょう。)。
 しかし,現在の両さんのキャラは,乱暴者というイメージはありません。両さんは江戸っ子よろしく困っている人を助けたり,曲がったことは大嫌いで筋を通します。人を容姿などで差別しないし,下町の人々ともオープンに交流しています。しばしば掲載されていた「人情噺」は結構泣ける話が多かったですし,とくに両さんの子ども時代のノスタルジックなエピソードは,「昭和の東京の郷土史」という深みさえ与えています(ちなみに,当職的には両さんの欲望の赴くままに生命力豊かな姿が好きでしたし,はちゃめちゃで時代を少し先取るエピソードが好きでした。)。

 両さんの主人公としての魅力に加え,「こち亀」には「マニアックな情報が半端ない量」ありました(小ネタの数々は少年の心を鷲掴みしました。)。たとえば,両さんの後輩である中川圭一は自動車のコレクターのため,初期は迫力あるカーチェイスも当たり前で,描写も緻密でした(この点だけとってみても「こち亀」は単なるギャグ漫画ではありません。)。飛行機や戦車など兵器やオタク心を刺激する数々のメカには心躍りました。
 秋本先生のマニアックさは,やがて「ホビー」の分野に向けられていきました。サバイバルゲームなどアウトドアから切手やフィギュア,そしてゲームやパソコンといったインドアに移行し,果ては「艦これ」などの紹介もするにいたりました(新しすぎます。秋本先生のアンテナは敏感ですね。)。
 情報量の多さは,数々のマニアックなサブキャラクターを登場させました。シリアスながら抜けたところもある「星 逃田(ほし とうでん)」や,世界の戦場を渡り歩いたために日常でも重火器を持ち歩く「ボルボ西郷」,超エリートだが顔の怖い「凄苦 残念(すごく ざんねん,旧名・法条正義)」などなど。これら濃い顔ぶれが「たまに出る」のに記憶には残っています。キャラの層がぶ厚すぎます。
さらに,秋本先生の生み出したキャラクターの中でも「女性キャラクターの充実」という点を見逃すことができません(比較的強めの女性が多いような気がします。)。「マリアこと麻里 愛」(登場時は男性でしたが,後に女性となりました。)とや「磯鷲 早矢(いそわし はや)」らのヒロインたちは女性キャラに活躍の場を増やしましたし,両さんの新たな魅力も引き出し,「こち亀」にさらなる奥行きを加えました。

 そうした方向の到達点の一つが「擬宝珠(ぎぼし)家」の人々といえるでしょう。両さんと結婚話まで持ち上がった「纏(まとい)」,その妹で幼稚園児の「檸檬(れもん)」,祖母で一家を束ねる「夏春都(げぱると)」は個性派ぞろい。自由気ままな独身生活を続ける両さんが疑似的とはいえますがいわゆる「家族ドラマ」の中に置かれることによって,何でもありの「こち亀」の幅をさらに広げていきました。


 「こち亀」がただギャグだけに徹していたなら,「週刊少年ジャンプ」という苛烈な戦場において,ここまでの長期連載を勝ち取ることは難しかったような気がします。非日常を描き切ることで何ともいえない爽快感が得られましたし,豊富な雑学ネタ,ハイテクやホビー,人情噺や家族といった要素を貪欲に取り込むことによって,秋本先生は「長期連載に耐え得るシステム」を構築されていかれたと思います。40年もの歳月,ゆうに親子2世代を超えた支持を勝ち得たことはまさに漫画界の金字塔といえます。
 ちなみに,両さんは有給を消費されるとのことですが,おそらく有給は残っておらず,すでに使い果たしていることでしょう。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.15更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 今から416年前の本日9月15日は,あの「関ヶ原の戦い」が行われた日です(もちろん旧暦ですが)。戦いに勝利した徳川家康は,ついに天下取りへと突き進むこととなります。文字どおり,関ヶ原は「天下分け目の戦い」だったといえます。
 先日11日にNHKで放送された大河ドラマ『真田丸』(毎週楽しみに視聴しております。)第36回『勝負』においても「関ヶ原の戦い」が描かれましたが,藤井隆さん演じる佐助からの報告だけで1分足らずで終わってしまいました。ネット等では「超高速関ヶ原」,「斬新な脚本」などと評されています。この三谷幸喜さんの演出は,あくまでも真田家の目線で描かれているという説明が多いのですが,当職は,横山光輝『三国志』(以下『横山三国志』といいます。)へのオマージュともとれると思います。
 『横山三国志』といえば,三国志前半の見せ場である『官渡の戦い』をわずかなコマで描いた(描いていないという見方もできます。)というシーンがあります。三谷さんが『横山三国志』のファンであることからすれば,「超高速関ヶ原」は決して「斬新な脚本」ではなく,『横山三国志』を意識されていた脚本ではないかと推察します。ちなみに,劇中で本多正信が食していた「鶏肋」は,名門の子弟として生まれ,曹操に仕えその才能を愛されたものの,曹氏の後継者争いで曹植に味方したため,その才能を警戒され殺害された楊修のエピソードを彷彿させます。


 明治時代初期,陸軍大学校の教官に招かれて来日したドイツの軍人メッケル少佐は,関ヶ原での両軍の布陣を見るや,「西軍の勝ち」と即座に答えたという有名なエピソードがあります。戦術的に見れば,石田三成の勝利であったわけです。しかし,実際はそうはならなかった。決定的だったのは小早川秀秋の裏切りでした(それ以外にも家康の裏工作によって西軍の士気は低く,内通者も多かったようです。戦略的にはすでに家康が勝っていたといえるかもしれません。)。

 歴史にifはありませんが,もし「西軍の勝利」となっていれば,大坂(当時はこう表記しました。明治になるまで用いられました。現在は「大阪」ですからお気を付けください。)で豊臣秀頼を中心とした政治が行われたか(現在の秀頼研究の成果をふまえれば,この可能性は十分あり得たと思います。),はたまた再び戦乱の世に逆戻りしたことも考えられます(この場合,信長・秀吉・家康の「三英傑」を超える人物が登場しなければ天下統一は果たせないわけですが,あまり期待できなさそうです。)。

 いずれにしても,家康が敗れていたならば,1603年の「江戸幕府」開府はなかったことでしょう。「現在の東京を中心とした日本の繁栄は,関ヶ原に始まった」ともいえるかもしれません。

 実際の歴史では,関ヶ原の敗戦後,毛利家は120万余石から36万9000石という大幅な減封処分を受けて屈辱を強いられるものの,長州藩として家名は保ちました。毛利家ではこの屈辱を代々伝えて決して忘れず,その執念が250年の時を経て,倒幕の中心となって日本の歴史を大きく動かした明治維新の原動力となります。明治維新後は,最も内閣総理大臣を輩出した県としていまだ君臨しているわけですから,歴史というものは実に面白いものです。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.10更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 昨日平成28年9月9日,強姦致傷の被疑事実で逮捕・勾留されていた若手俳優・TYさん(以下「加害者とされた男性」といいます。)が不起訴処分(公訴を提起しないという終局処分です。)となり,群馬県警察前橋警察署から釈放されました。この件に関し,担当した弁護人弁護士が報道各社にFAXで事件についての声明を発表いたしました。
 当職もFAXの内容を拝見したのですが,何となく違和感を覚えました。また,FAXの内容のなかには,一般の方には馴染みにくい話も出ていましたので,今回は,当職の違和感と内容の解説を行ってみます。


●そもそもの違和感

 本件のような性的犯罪については,弁護士は加害者側も被害者側も代理人や弁護人として活動します。また,被害者にはセカンドレイプ等に遭わないような配慮をするのが通常です。担当弁護人は,加害者とされた男性が名誉回復し,できるだけ早期に社会復帰できる環境を整える意図があったのかもしれませんが,少なくとも当職は,被害者とされた女性のことを思うと,コメントはしないという選択をいたします(異論はあると思いますが)。

 加害者とされた男性が不起訴処分及び釈放とされた最大のポイントは,被害者とされた女性との間に示談が成立したことです。ただ,示談が成立したということは,被疑事実を認めた(自白した)ことを前提とするのが通常なのですが(少なくともこれまでのニュース報道では自白していたはずです。),その後で,「仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。」と主張するのはあまりありません。
 そもそも,捜査段階において,捜査機関には事実認定権はありません。担当弁護人も「私どもは(加害者とされた男性)の話は繰り返し聞いていますが,他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので,事実関係を解明することはできておりません」と述べていますが,事実認定はあくまでも起訴後裁判所が行うものなのです。
 とくに問題であると思うのは,本件のような事案であれば,事案の性質上,被害者とされた側からの反論可能性はなく,加害者とされた男性側からの一方的な発表となってしまうという点です。といいますのは,不起訴処分にした検察側から事実関係が語られることはまずあり得ませんし(おそらく「察してくれ」という程度でしょう。),被害者とされた女性も沈黙することが明らかである(セカンドレイプの問題もあります。)からです。そもそも,被害者とされた女性がコメントを発表することに対し承諾していたのか,知っていたのかも分かりません。もし,被害者とされた側からの反論可能性がないことを踏まえたうえで,FAXによる説明を行ったとすれば,担当弁護人は相当な戦略家といえます(担当弁護人は「無罪請負人」で知られる著名な弁護士事務所の所属弁護士でありますから,十分考えられます。)。


●事実関係に関するコメント
 

 担当弁護人は,不起訴処分及び釈放に至ったのは,示談成立が考慮されたのが事実としながら,「悪質性が低いとか,犯罪の成立が疑わしいなどの事情ない限り,起訴は免れません。お金を払えば勘弁してもらえるなどという簡単なものではありません」と述べています。本件のような性的犯罪に対しては,捜査機関もかなり厳しい対応をとるのが一般的なので,そのこと自体に異論はありません。ただ,FAXの文脈からは,本件は悪質性が低く,犯罪の成立も疑わしく,(示談で支払った)お金のせいでもないと主張しているのと同義ではないかとの疑念が出てきます。ニュース報道で知る情報でしかありませんが,加害者とされた男性は被疑事実を認めていたといいます。被害者とされた女性はこのFAXをどのような感情で読んだのでしょうか。心中察するに余りあります(声明を発表することも含めたうえでの示談かもしれませんが)。

 また,担当弁護人は,「知り得た事実関係に照らせば,加害者とされる男性の方では(姦淫行為に対し)合意があるものと思っていた可能性が高く,少なくとも,逮捕時報道にあるような,電話で『部屋に歯ブラシを持ってきて』と呼びつけていきなり引きずり込んだ,などという事実はなかったと考えております。つまり,先ほど述べたような,違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし,仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり,不起訴という結論に至ったと考えております。」と述べています。
 これはあくまでも加害者とされた男性側の主張にすぎません。実際の裁判においては,客観的証拠に加え,加害者とされた男性の「合意があると思っていた」認識と,被害者とされた女性の供述(証言)を突き合わせたうえで,「事実」を認定します。「裁判になっていれば無罪主張をしたと思われた」というのですが,捜査段階において,加害者とされた男性は犯罪事実に関する供述調書を一通も署名・指印していないのでしょうか。この箇所は少ししゃべりすぎの印象を受けます。

 一般の方が理解しにくい部分は,「一般論として,当初は,同意のもとに性行為が始まっても,強姦になる場合があります。すなわち,途中で,女性の方が拒否した場合に,その後の態様によっては強姦罪になる場合もあります。このような場合には,男性の方に,女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ,故意がないので犯罪にはなりません。」とのコメントではないでしょうか。
 この箇所は,刑法を学習していないとなかなか腑に落ちないと思います。ここで,担当弁護人が言いたいのは,つぎのとおりです。

 まず,女性が拒否するということは姦淫行為に対して承諾を与えていないということです。そうすると,無理やり姦淫行為に及んだこととなり,客観的には強姦罪の構成要件に該当することとなります。ただ,男性の方は,女性は姦淫行為に対して承諾していると勘違い(錯誤に陥っているといいます。)しているため,そもそも悪いこと(強姦という犯罪行為)をしているという意思がないこととなります。すなわち,主観的に男性には強姦罪という犯罪を行う意思(故意)がないこととされます。よって,強姦罪の構成要件に該当せず犯罪が成立しないこととされるのです。担当弁護人はこのことを述べているのです(いわゆる「和姦」の主張です。)。
 まぁ一般論としての理屈はそうなのですが,実際の裁判において和姦の主張が通ることはめったにありません(当職もほとんど負けています。)。

 

●被害者とされた女性に関するコメント


 冒頭でも述べましたとおり,当職であれば,コメントは発しません。今後,報道が過熱すれば,被害者とされた女性は探られたくない腹を探られる思いになることは必至です。
 被害者とされた女性の側からすれば,とくにこれだけ注目され,報道されている事件に関して,長い裁判に付き合い,そして闘っていくことは,心身ともに疲弊することとなるでしょう。また時間も労力も多大な犠牲を要求されます。
 示談の経緯については,当職はコメントできる立場ではありませんが,たとえ加害者とされた男性を許していなかったとしても,示談を選択する事情は,心情として十分理解できますし,その選択もまた非難されるべきではないと思います。
 本件の事実関係は,一旦藪の中に消えました。今後明らかとなる機会がなくなったからです(もちろん,まったくなくなったわけではありません。)。ただ,被害者とされた女性には自分を責めることはしないでいただきたいと思います。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.09.01更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 本日9月1日は『防災の日』です。この日は,関東大地震を教訓とするために定められました(昨年の今日「9月1日は『防災の日』」と題するブログを書いておりますので,興味のある方はご覧ください。)。

 この日にはもう一つ,防災に関する由来があるのをご存じですか。
 それは「二百十日」という厄日です。

 古来わが国では,二百十日は暦の上で雑節の一つとして,江戸時代初期の1656年(明暦二年)に,伊勢暦で初めて使用され,貞亨改暦(1684年)の際,幕府天文方に就任した渋川春海によって,初夏を知らせる八十八夜とともに,暦に記載されました。

 この雑節は,立春から数えて210日目の日,太陽暦では9月1日ころが,220日目の二百二十日とともに,台風が襲来する厄日とされています(最近では,閏年のため日にちがずれてきていますが,この時期が台風シーズンであることは統計上疑いありません。)。

 関東大震災時にも,折からの突風が吹き荒れており,東京は3日間にわたって燃え広がり,出火規模は130カ所以上にのぼったといわれています。


 もともとは,稲の穂が出始める時期の,農事のうえで大切な時期に台風が襲来し,田んぼが泥水につかったり,強風で稲の花が吹き飛ばされてしまい,せっかく丹精に作ったお米が実らなくなってしまうことから,凶作に見舞われる「厄日」とされていました。

 この日は日本の文豪達の執筆活動や,私生活にも影響を与え,作品にまでなったものもあります。
 代表的なものとしては,夏目漱石の『二百十日』(タイトルそのままです。当職の故郷である熊本の阿蘇山が舞台です。)や松尾芭蕉の『野分』(実は,野分というのは,二百十日や二百二十日前後に吹く強風のことです。今でいうところの台風ですね。)が有名です。


 先週から今週にかけては台風10号による大雨の影響によって,東北や北海道において甚大な被害が発生しました。孤立している住民の方がおられる地域もあります。謹んでお見舞い申し上げます。

 統計的には,この厄日にとくに台風が襲来しやすいというだけではなく,「9月の台風シーズンを控えての心構え」という意味をこめて命名されたとも言われています。まさに「油断大敵」といえましょう。
 いずれにしても,「二百十日」という雑節と,「関東大地震」が,防災の日の制定に,大きく関わっていることには間違いありません。

 

■筆者について知りたい方はこちら(弁護士濵門俊也)

■初めて弁護士に相談される方へ

 

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.29更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

先日,弁護士ドットコムニュースに当職が担当した記事が掲載されました。

「PCデポ」で問題になった高齢者の契約問題…もし親が認知症の場合、どうすれば?

 

【以下,記事引用始め】

 

 

パソコンなどのデジタル機器に不慣れな人をサポートする「PC DEPOT」(ピーシーデポ)のサービスについて、ツイッターの投稿から批判に火がついた。

 

きっかけとなったそのツイートには、父親(高齢者)が不必要なサポート契約を結ばされていたこと、高額な解約料を請求されたことなどが記されている。投稿者はさらに、弁護士ドットコムニュースの取材に対して「父親は認知症だ」と述べた。

 

高齢化が進むなかで、今回のような契約時のトラブルは増えていく可能性がある。仮に、認知症の親が勝手に高額な契約を結んだら、どのように対応をすればいいのだろうか。濵門俊也弁護士に聞いた。

 

 

●契約「無効」を主張できる

 


「まず、認知症の高齢者が不利な契約を締結した場合、その契約当時、認知症の高齢者には、法律上の判断ができる意思能力はなかったとして、契約は無効であるという『意思能力欠如の理論』が主張できます。

 

また、認知症の高齢者にとって、契約の内容が極めて不利であるため、高齢者にその契約の履行を求めることは公序良俗に反し、契約は無効であるという『公序良俗違反』の理論などを用いて、認知症の高齢者を不利な契約から解放する方法が、裁判例でも認められています。

 

とくに、『PC DEPOT』のサービスについては、携帯電話契約とくらべても、解約料があまりに高いことから、解約料については『平均的な損害の額を超える』部分が無効となる可能性があります(消費者契約法第9条第1項)。

 

さらに、契約期間が長期間におよんでおり、解約料無しに解約できる期間がほとんどないということであれば、消費者の権利を著しく制限しているため、解約料が無効となる可能性があります(同法10条)」

 

 

●成年後見制度を利用する

 


認知症の高齢者が、事前にこうした契約時のトラブルに備える方法はあるのだろうか。

 

「日常的に判断能力が不十分である認知症の高齢者だとすれば、一般的な契約を取り消すことによって、無効とすることができる制度を利用して申し立てる方法があります。

 

これを成年後見制度といいます。たとえば、認知症の高齢者が詐欺にあってしまったとしても、成年後見制度を利用することによって、契約を取り消したうえで、無効とすることができます。

 

成年後見制度では、認知症の高齢者の判断能力に応じて、補助、保佐、後見などの制度が利用できます。

 

一人暮らしで身寄りのない認知症の方であっても、申立てをおこなうことができ、親族がいない方でも弁護士や司法書士など、裁判所から最もふさわしいと判断された成年後見人が付いてくれるので、安心できます」

 

 

●「高齢者を独りにしないセーフティーネットが必要だ」

 


高齢化がすすむ日本では、契約時にトラブルにあったり、あるいは詐欺にあうというケースも起きるおそれがある。

 

「高齢者はお金を持っており、簡単にだませると思われているため、悪いことを考える輩からすれば狙われやすくなっています。

 

また、一人暮らしの高齢者は孤独であることが多く、(悪いことを企む)訪問者に対し、つい話をしてしまい、いつの間にかだまされているということも見受けられます。

 

とくに、認知症の高齢者は、判断力が低下してしまいますので、良いか悪いかなど判断できていない場合が多く、誘導されるままお金を支払っていると思われます。手口も、脅したあと優しく接し安心させるなど、高齢者の心理を巧みに操っている場合も多く、認知症の方では、対処が難しいものとなっています。

 

無縁社会などといわれる現代ですが、やはり周囲の方への声掛けや、様子伺いなどで、独りにしないセーフティーネットが必要であると考えます」

 

濵門弁護士はこのように述べていた。

 

(弁護士ドットコムニュース)

 

【以上,記事引用終わり】

 

 

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.22更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 平和の祭典・リオデジャネイロオリンピックは8月21日夜(日本時間22日午前),マラカナン競技場で閉会式を迎えました。
 約10分間にわたる,次期開催都市の東京をPRする映像やパフォーマンスでは,大トリに安倍晋三首相がサプライズで登場しました。安倍首相は,「クールジャパン」の代表として世界でも人気のキャラクター・スーパーマリオに扮して登場しました。マリオに「変身」した安倍首相が,国会から車やドリルを使って,日本から見て地球の裏側にあるリオに向かおうとする様子が,映像化されました(ネット上では「どうしてポケモンではなかったのか」などと話題となっていますが,リオ(Rio)だけにマリオ(MARIO)は外せなかったのでしょう。)。


 平和の祭典の閉会式の日が,「対馬丸事件」の日であることは,単なる偶然ではないと思います。いまから72年前の1944年(昭和19年)8月22日,沖縄からの疎開学童約800人を乗せた日本の貨物船「対馬丸」が,長崎に向かう途中に,米国の潜水艦「ボーフィン号」によって撃沈されました。
 当時,対馬丸には「学童を含め約1800人が乗っていた」とされていますが,そのうち生存者はわずか280人程度,うち学童疎開者は60人ほどでした。
 乗船していた児童のほとんどが命を落とした「対馬丸事件」は,いまなお語り継がれている「戦争の悲劇」のひとつです。『対馬丸―さようなら沖縄』というアニメーション作品もありますので,興味をもたれた方は探してみてください。
 命をつないだ人の中には,米国の潜水艦の魚雷が命中した「対馬丸」から海に飛び込んだ昭和19年8月22日を「もう一つの誕生日」と心に刻む方もおられます。命をつなぐことができたことに対する感謝の念でしょう。その一方で,犠牲者の親きょうだいと顔を合わせる慰霊祭への参列を頑として避けてきた方もおられます。「助かった後ろめたさは,一生消えないんだ」という苦悶が続くのでしょう。


 人間は「生きている」と思いがちですが,傲慢かもしれません。当職は「生かされている」のではないかと考えています。人間は生老病死から逃れることはできませんが,「価値ある人生」を送るべく精進したいものです。

投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.17更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。


 今日は暑いですね。残暑厳しいです。「このまま暑くなったら12月はどうなるやろか」などと古典的な漫才のフレーズでも言いたくなります(…まったくつまらないですね。その意味では「寒い」です。)。さて気を取り直していきましょう。先日,つぎのような内容の公正証書遺言についてご相談を受けました。

① 下記不動産を甲に遺贈する。
  ◯◯区◯◯町・・・の土地
  ◯◯区◯◯町・・・の建物

② 上記①の不動産を除く一切の財産を乙に遺贈する。

 ①の遺贈が特定遺贈であることは問題ないと思いますが,②の遺贈は包括遺贈なのか特定遺贈なのか少し悩みますよね。
そこで,今回はこれに類似した問題を扱った事例の裁判例(東京地判平成10年6月26日判時1668号49頁)がありますので,その解説とともに説明してみます。


●問題提起


 まず,遺贈には「包括遺贈」と「特別遺贈」があります。
 「包括遺贈」とは,目的物を特定せずに,遺産の全部又はその一定の割合を指定して行う遺贈のことであり,例えば「遺産の全部」とか,「遺産の2分の1」というように遺産の割合をもって行う遺贈のことです。
 他方,「特定遺贈」とは,「下記不動産」とか「下記預貯金」というように目的物を特定して行う遺贈のことをいいます。

 包括遺贈を受けた人(=包括受遺者)は,相続人と同一の権利義務を有する(民法第990条)。とされているため,その遺贈が「包括遺贈」なのか「特定遺贈」なのかによって,債務を承継するか否か,放棄する場合の方式,登記の方法(乙が唯一の相続人だった場合)などの取扱いが異なります。


 前記公正証書遺言②の記載は「◯◯を除く」という書き方で財産を特定しているようでもありますが,通常の特定遺贈のように明確に財産を特定している訳ではないので,「特定遺贈」というには少し違和感を感じます。
 また,遺産の全部若しくはその一定の割合をしている訳でもないので,「包括遺贈」と言い切ってしまっていいのか?という疑問も生じます。


●東京地判平成10年6月26日(判時1668号49頁)の説明


① 事案

  被相続人Aは,著名人物(昭和9年に獄死しています。)の妻であったところ,Aは,遺産のうち不動産の一部(A所有の土地のうち特定部分)をBに遺贈し,その余の財産すべてを(当時は)法人格なき社団であったX(大正11年に創立された政党です。)に遺贈したという事案です。Xが特定受遺者なのか包括受遺者なのかが争点となりました。


② 判旨

  東京地裁は,「『特定財産を除く相続財産(全部)』という形で範囲を示された財産の遺贈であっても,それが積極,消極財産を包括して承継させる趣旨のものであるときは,相続分に対応すべき割合が明示されていないとしても,包括遺贈に該当するものと解するのが相当である」
と判示したうえで,本件事案においては,AからXへの遺贈について,Bが取得する土地以外の相続財産全部を包括してXに遺贈する趣旨でなされたものとして,Xについて包括受遺者と認めました。


③ 本判決の意義

  包括遺贈は,通常は,①全財産(積極・消極財産)を包括して遺贈する「全部包括遺贈」か,②全財産(積極・消極財産)の割合的な一部を包括して遺贈する「割合的包括遺贈」かのいずれかであるのですが,そのほかに③本件事案のように特定財産を除いた財産につき積極財産・消極財産を包括して遺贈するという「特定遺贈と包括遺贈の併存型」があることを判示した点に本判決の重要な意義があるといえます。
  判例時報第1668号49頁の解説では,「相続財産の一部を特定遺贈又は分割方法の指定により特定人に取得させることとしたうえ,それらの財産を除く相続財産につき,積極財産のみならず消極財産を包括して遺贈の対象とすることも可能であり,このような遺言は『財産の一部』についての遺贈であるが,当該財産の範囲で,受遺者は被相続人の権利,義務を包括的に承継することになるから,『特定財産を除く相続財産全部』という形で範囲を示された財産の遺贈であっても,それが積極・消極財産を包括して承継させる趣旨のものであるときは,相続分に対応すべき割合が明示されていないとしても,包括遺贈に該当すると解するのが相当である。」と説明しています。


●登記原因


 最後に,登記手続上の説明を補足しておきましょう。登記手続上は,遺言書に「相続させる。」と書いてあれば「相続」として登記し,「遺贈する。」と書いてあれば「遺贈」として登記するのが原則です。ただし,「相続人全員に対して全財産を遺贈する。」と書かれていた場合は,遺言書に「遺贈する。」と記載してあったとしても「遺贈」ではなく「相続」で登記することとなっています。

 今回の相談における乙さんは被相続人の唯一の相続人だったため,これが「包括遺贈」であるとしますと,登記原因を「相続」で登記することとなります。そこで,これを法務局がどう判断するか管轄の法務局に相談してみたところ,「包括遺贈」として手続を行って構わないとの回答を得られました。

 

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投稿者: 弁護士濵門俊也

2016.08.16更新

こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 8月13日(迎え盆)から本日8月16日(送り盆)までの4日間のお盆は「月遅れ」のお盆です。東京など関東圏の一部では7月15日を中心に行われる場合もあるようですが,当職の故郷である熊本をはじめ,夏休みにあわせた月遅れお盆が一般化していると思います。今年は4月14日に熊本地震が発生していますから,被災して亡くなられた方々も含めて追善回向をさせていただきました。
 お盆は日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事ですが,当職が司法試験受験をしていた際,大変お世話になったクリスチャンの師匠がいました。その師匠の名は,「石丸俊彦先生」(以下「石丸先生」といいます。)です。
 今回は,石丸先生を偲んでブログを書きたいと思います。


●石丸先生と当職との出会い


 石丸先生(1924年―2007年4月1日)は,裁判官であり,日本の法学者でもあります。専門は刑事法です(石丸先生の著作は,現在も刑事実務に多大な影響を与えています。石丸先生の著作『刑事訴訟法』は家宝といえましょう。)。元東京高裁総括判事も歴任され,退官後は,元早稲田大学法学部客員教授を務められました。

 石丸先生との出会いは,早稲田大学法職課程の『刑法総合』でした。『刑法総合』は,B4の紙にびっしりと書かれた事実から複数の共犯者の罪責を問う問題が出題されます。制限時間内に基本書等のいかなるものも参照してよい(もっとも,参照している暇はありません。)こととされ,答案用紙も制限がない(当職は平均して6~7頁書いていました。)異色の答練でした。「28点」以上が合格点であり,成績優秀者については,名前とともに出身大学を紹介していただける栄誉が与えられました。
 当職が平成10年に受験した論文式試験刑法第1問で失敗した際,当職の友人(東海地方で弁護士をしています。)に紹介されて石丸先生の門を叩きました。短答式試験である「択一」(たくいつ)のことを「たくいち」と言ったり,「Suika」(スイカ)のことを「シューカ」と言うなど,お茶目な部分もありましたが,『刑法総合』に臨まれる真剣な姿勢には唸りました。当職も全身全霊をかけて問題と格闘したことを覚えています(おかげで,名前と顔を覚えていただきました。また,同じ九州人であることも事あるごとに触れていただきました。)。
 その後,何とか平成16年に司法試験に合格させていただいた(ネットの世界では『ヴェテ』と呼ばれる人種です。)のですが,ご報告した際は,大変喜んでいただきました。師匠にお応えできることは弟子の誉です。


●法律家として,クリスチャンとして


 昨日は終戦(敗戦)の日でしたが,石丸先生がもの心ついたころ,すでに我が国は戦争への道をひた走っていました。石丸先生もまた,この戦争が「聖戦」であると固く信じる少年でした。
 終戦(敗戦)後,石丸先生は裁判官となられます。1970年代後半には,東京地方裁判所裁判長として,連合赤軍事件の審理に深く関わりました。とくに連合赤軍のひとりへの判決は,「石丸判決」として,その後の関連裁判で繰り返し参照されることになりました。
 この判決において,石丸先生は検察側の死刑求刑を退け無期懲役を言い渡し,さらに判決後,この被告人男性に異例の訓戒の言葉をかけたのです。
 「裁判所は被告人を法の名において生命を奪うようなことはしない。被告人自らその生命を絶つことも,神の与えた生命であるから許さない。被告人は生き続けて,その全存在をかけて罪をつぐなってほしい」。石丸先生の信仰に裏打ちされた言葉が,被告人男性とその関係者に深い印象を残したことは言うまでもないでしょう。


●質の良い法曹へ


 最後にかつて石丸先生が寄稿された記事を引用して終わりたいと思います。この記事を読むたびに勇気が湧きます。
【以下,記事引用始め】

 私は早大の法職過程教室で教えているが,ここにも人生の転換組が実に多い。皆働きながら,真摯に勉強を続けている。この人達が最終合格して修習生になると,雌伏から雄飛になって,法曹としての人生の豊かさがにじみ出て輝きを増してくる。実務につくと味のある,そして社会通念を的確に把握できる法曹に成長する。昨年私の刑法総合のクラスから60名が合格したが,この中にも人生転換組が多くいた。実務法曹は片々たる法律知識よりは,社会における他事多様な事実とそれに対する的確な評価と判断を必須の力とする。人生の転換・挫折を味わった人は,それだけの人生の暗さを味わってはい上ってきているから,人の弱さ,暗さが理解できる。私は法曹の資格としては,エリートで輝ける尾根づたいで合格して若くして法曹になるよりは,一度社会の泥沼に飛び込んで人生の荒波にもまれてそこから抜け出した人達のほうが社会の役に立つのではないかと思っている。このような人は,改めて金と時間を費やしてロースクールに入る手間ひまはとれない。
 私がいいたいのは,このような人生転換組みで中年の受験生に,ロースクールに行かなくても,司法試験の受験資格を与えつづけて欲しいということである。ロースクールが「質の良い法曹」の養成を主眼とするなら,その脇道でその過程に匹敵する勉強をして「質の良い法曹」になり得る人生転換組の合格への道を奪わないで,与え続けて欲しいものである。

【以上,記事引用終わり】

投稿者: 弁護士濵門俊也

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